あもトイレ・愛の名作劇場 ?mari qui estime sa femme?
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「落とし物だよ、旦那さんの」
後ろから声が聞こえ振りかえる。誰もいない。目線を少し下ろす。腰の曲がったおばあさんが危なっかしく杖に支えられながら私に何か差し出していた。
「ほれ、アンタの旦那さん。ポケットからコレ落としたよ」
細かく震える手に握られている折り畳み式のパスケースは、確かに彼のものだった。一目見ただけで高級品とわかる革製のそれは常日頃から彼が常備しているものだ。けれど、中に何を入れているのかは私にもわからない。国の交通機関を滅多に使わない彼だ。定期券やパスチケットの類ではないだろう。
「すみません、ありがとうございました。」
私は軽くお辞儀をし、おばあさんの皺々の白い指からそれを受け取った。重要なものなのだろうか。私は軽く開け中を確認する。
「いいわねぇ、二人でお散歩?私もお父さんが生きてる頃は…」
目を細め、昔を語りだすおばあさんを愛想笑いで交わし、小走りで数歩前を歩く彼に駆け寄った。ジャケットのポケットに手を突っ込み、ついでに握っていたパスケースを奥へと押し込む。彼は、春の日差しの眩しさに強面の顔をさらに歪めて、私が追い付くのを待っていてくれた。
彼とはもう結構な付き合いになるが、こういった彼の不意な優しさは色褪せる事無く私の心をときめかせる。陸上自衛隊で鍛えぬかれた、タイヤのように分厚い二の腕に手を回し、私は身体を擦り寄せた。
「お待たせ、陸佐さん。」いじわるっぽく見上げ、彼の役職名を呼ぶと、彼は顔をますます強ばらせた。彼っていう人は、表情が感情に追い付かない不器用な男で、厳しい自衛隊の指揮官としては迫力を付けるのに役立っているが、‘旦那さん’としては些か愛情の物足りなさを感じさせる。ことだろう、たいていの世の奥様方には。でも私は、彼のそういうところが好きだった。表裏がある男は嫌だけど、ギャップのある男はセクシーだ。現に彼は今、こんなに眉根に皺を刻み、唇を一本線に絞めながら――照れている。陸佐さん、と呼ばれたことにではなく、人前で腕を組んでいるこの状況に、だ。黒目をキョロキョロ泳がせ、指の先まで固まっている。そんな彼のもっと困った顔を見たくてさらにギュッと抱きついた。彼にもらった指輪がキラリと日に反射する。幸せだった。
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