魔王様の事情
倉間九十九
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雲一つない快晴と言われるが、少しくらい雲があった方が気持ち良さそうに見える。真っ白で柔らかそうで、深い青空のほんの二割から三割に遠慮深げに漂う雲が。
そして空がそういう時は決まって、風の機嫌がいいものなのだ。彼ら(彼女ら?)程の気紛れもなかなかいないだろう。今はこの空のおかげか、すこぶる機嫌もいいようで、木々花々を優しく撫で付けていく。つまり今日の空は、久しぶりにフォウス・クリセフィンの好きな青空というわけである。
そんなわけでフォウス自身、風に負けずにご機嫌モードで大木の太い枝に横になっていた。サラサラで短めの、少し日焼けした金髪が、風にふわりと揺れる。
あの日以来の空だっけ─
ふと、旅に出た初日のことを思い出した。
あれからまだ半月しか立っていないのだ。それでも気持ちは随分と落ち着いた。あいつもいつの間にか、普通に笑うようになった。
ふとそう思い、この木の下にいるはずの「あいつ」の姿をちらりと探す。
「ティナ?」
いるはずの場所に、フォウスの求める姿はなかった。
「ティナ!…あの馬鹿」
フォウスはその身を飛び起こすと、三メートル程の高さから音もなく飛び降りた。
森林の中を駆け抜ける。
といっても、明らかに山道に不慣れな少女の足である。「駆け抜ける」という描写は、いささか言い過ぎかもしれない。
どちらにしても、少女自身は森林の中を駆け抜けているつもりだった。
しかし何故?
ここエデアランス山脈は、西大陸の南西の海岸沿を走る世界二大山脈の一つである。海岸にあるため、この山を歩こうとするのは登山家か、ここを根城にしている山賊。物好きな冒険家くらいなものである。
もしくは…
少女は足を止め、上体を前のめりに倒し、両手を両膝について、荒れる息を整えようと試みた。短距離を全力で走った後の、息を整えるもっともポピュラーな体勢だ。
耳を隠す程に伸びた栗色の髪は、両サイドを残し、あとは後ろでさっと結わえられている。歳はだいたい十五、六程度か。黒く大きな瞳は、歳相応のやんちゃさを覗かせる。身に付けている腰までの浅い外套や、背中にぶら下げた短刀の状態から、まだ旅を始めたばかりだと想像がつく。
しばらく背筋を大きく上下させ呼吸すると、顔だけ前を見据えて最後に深く息を吐く。
「もぉ?!」
既に見えなくなったターゲットに不満の声をぶつけようと叫んだ。…見えなくなった兎にむけて。
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