Roots --あたしが私に還るとき
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キンシンソウカン。
中世、高貴なひとびとの間でそれは禁忌ではなかったとされる。
近代医学により遺伝子学的な見地から、それが忌むべき習慣であるとの常識が確立されるまでの話だ。
私には兄はいない。
妹、そして末の弟。
三人姉弟。
肉親への愛がそのようなカタチになることなど想像すらしたことがなかったし、今もそれは変わらない。
邑瀬の告白は確かに恐ろしいものであったが、しかし私の価値観をも揺るがすほどの衝撃ではなかったようだ。
国籍や宗教、思想や生活習慣。
恋愛観、結婚観。
様々な世の中の事象への価値観。
既婚者。
同性・異性。
生い立ちやトラウマ、そして性的嗜好…。
もとより私達が愛する者の全てを受け入れようとするとき、障害となるものは少なくない。
そして皆が信じる“愛”が必ずしも一つのカタチを持つものならば誰も愛に迷ったり怯えたりすることはないだろう。
彼の言う“愛”を否定することは無意味だ。
もし仮に愛が性欲を美化したものだとすれば、彼のいう実妹への愛は同時に単なる“性的嗜好”だと云うコトも可能かもしれない。
かもしれない、だけだが。
キンシンソウカン--。
その単語は、本能で生きる人間以外の動物ですらも恐怖するものなのだから。
しかし私はもはや怖くなどはなかった。
“知り過ぎた”だけのこと。
あたしも。
邑瀬も。
愛を抱いた相手がどんな人間か、知り過ぎるほどに知り尽くしてもなお止められない愛というものがあるとするならそれこそがホンモノの愛なのではないか?
◆
「…嘘」
彼の発言の意味をゆっくり咀嚼し、吐き出す。
あたしの意思に関係なく舌の上をぽろぽろと転げ出てくる言葉。
「だって。妹はいないって、さっき」
「嘘じゃないよ。もういない」
濃縮された毒のようにあたしの脳の機能を破壊してく声。
こめかみがずきずきする。
「国籍が、って云いましたよね」
自分の声に含まれる動揺を隠すコトも忘れ、あたしは彼を責め立てた。
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