Roots --あたしが私に還るとき
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みぅ


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「よく来てくれたよねぇ。嬉しいよ」
私の左側を、ゆっくり歩きながら邑瀬は云った。
そうしているとこちら側からは邑瀬の左頬の赤痣が見えない。

この辺りは地面の液状化が酷かったのだろう。
あちこちがささくれ立ち、歩くのも危険な状態の舗道を注意深く見下ろしながらあたし達は殆ど何も喋らずに歩いた。

真昼だというのに、人の姿は殆ど見えなかった。



震源に近いその街には、邑瀬だけではなくあたしの知り合いも沢山住んでいる。

揺れがおさまり停電が回復して慌てて点けたTVに、見慣れたその街の惨状が映し出された時、あたしは密かに取り乱した。

邑瀬の携帯に電話をかけつづけた。
家の電話では繋がり難いので、近くの公衆電話から。
何度も何度も。

『…タイヘン混ミ合ッテ、カカリニククナッテオリマス…コチラハNTTデス…オカケニナッタ地域ノ…』

幾度と無く聞いた、ノイズにまみれた機械的なアナウンス。

あたしは、邑瀬の携帯ショートメールに自宅の電話番号だけをどうにか一回だけ送信することに成功した。

そして震災後5日目くらいだっただろうか、邑瀬の方から電話をくれた。
無事だったんだ…。
腰が抜けそうなくらいに安心した。

自分の住んでいたアパートが半壊状態で寝泊まりできなくなり、一時的に郷里に帰って留守になった友人宅を借りているのだ--邑瀬はそう云った。

「会いに行っていい…?今度、追試受けにそっちの方へ行くから。その日に」

「いいよ、もちろん。仕事もずっと休みだし、バイト先の店も崩れちゃってさ。暇で暇で。死にそうだったんだ」

そして、邑瀬が待ち合わせ場所として指定してきたのがあたしの短大最寄りのR駅前。
代行バスの停留所だった。

無言で、邑瀬は時折あたしの肩を支えながら歩いた。
行き先はわかっていた。
彼の仮住まいまで。


水も電気もガスも止まってただの箱のような、ワンルームの部屋。

部屋の隅には邑瀬の私物を詰め込んであるらしい段ボールが2つ3つ、無造作に置かれていた。
本棚がわりのカラーボックスと、小さなテーブル。
そして質素なシングルサイズのパイプベッド。
それだけ。

その部屋の元の持ち主はかなり簡素な暮らしをしていたのだろう。
でも、どうしてだかわからないがあたしはその部屋の主は女性であろうと直感した。

その部屋の空気の匂い。
本来ならあたしには立ち入れない筈の、空気がそこにあった。

床はフローリングで冷たいので、あたしはそのベッドに座り足元にバッグを置いた。

それにしても--。
あたしの心にもくもくと疑問が湧く。

一時的に郷里に帰るにしても、物が少な過ぎる。

この部屋は、いったい本当は邑瀬にとっての何なのだろうか?

輪郭のない疑念。
モヤモヤモヤモヤ…。

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