死に沈むシニシズム
死に沈むシニシズム
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それにしても遅い。
生徒会室に道具を取りに行くと言っていたけれど、生徒会室の場所はこの教室からさほど遠くはない。たとえその道具が見付からなかったとしてもこれほど時間がかかるというのもなんだか変。
だけど、もしかしたら生徒会の方で何か急な用事が出来てしまって来れないだけなのかもしれない。だとしたら私がとやかく云うのもお門違いというものかもしれない。生徒会は何かと多忙な組織だから、仕方のないことなのかな。
どうしよう。
このままここで待つべきなのか。
それとも黙って帰るべきなのか。
選ぶべき選択肢は始めから決まっていた。
彼は『ちょっと待ってて』と言い残して行ったのだから、ここは順当に待つべきなんだ。
それにもし勝手に帰ったとして、彼がそのことをクラスメイトに話したりなんかしたらと考えるとやはり帰るべきではない。
私はそう決めて、浮かしかけていたお尻を再び椅子に下ろそうとした――そのときだった。
視界の端に、何か黒い影がよぎるのが見えた。
私はそちらへ視界を向ける。
――目線が、合った。
それは私のことを見た。
真っ逆さまに落ちていく姿のまま私を視界に捉えたそれは口の端を気味悪く歪めながら、窓枠の下へと消えていった。
一気に血の気が引いていくのが分かった。
まるで心臓が脈動を停めてしまったかのように生きた心地が失せ果てた。
――どしゃり。
窓の外かから『何か重たいもの』が落ちた音が聞こえた。
何が、起きたのか、全部、理解、出来た。けれど、まだ、私は、理解、したく、なかった。
私は窓辺まで行き、下を見る。
心臓がさっきとは打って変わって破裂しそうな程激しく脈動し始めた。動悸が乱れ、呼吸が苦しくなる。
「いやー、遅れてゴメン!」
背後から澤谷数馬の声がした。
「急に追加で生徒会の仕事手伝わなきゃならなくなってさ。いや、ホントごめんな。このとおり」
彼は心底申し訳なさそうな声音で私に謝った。
「俺があんまりにも遅いもんだから、てっきり箕作は帰ってるかと思っ――」
「――きゃああぁぁぁあ!?」
言葉を遮るように、悲鳴が上がった。
彼は言葉を詰まらせてワケも分からず茫然としている。
「……何? いったいどうしたんだ?」
訊いてくる彼に、私は窓の下を指した。
恐る恐る近付いてきて、階下を見下ろした彼は、愕然と目を剥く。
「なんだよ……あれ」
そこには――中庭には四人の人間がいた。
三人は女子生徒で、さっきの悲鳴は彼女たちがあげたものだろう。震えるように互いの肩を抱き締め合ったり、腰を抜かしたようにヘタリ込んでいたりしている。
そして、もう一人――正確には一人『だった』ものは、横たわっていた。
仰向けになって倒れているそれは、しかし天を仰いではいなかった。
首を中心にそれより上は折れ曲がっていたんだ。
頭は見事に背中の裏側に折れている。上からは、まるで元々その身体には頭が無いように見えた。
「きゅ、救急車呼ばないと……」
彼は制服のポケットをまさぐり、自身の携帯電話を取り出そうとしたが、思考が上手く働いていないのか手が震え、取り出した携帯電話を落としてしまった。
私はその携帯電話を拾い、彼に渡す。
「無理だよ」
「え?」
「救急車じゃなくて、警察呼ばないと。たぶん、もう死んでるよ」
あんな状態になってまで生き長らえているのなら、人間とはなんと生命力の強い生き物だと私は畏れおののく。
いや、私はもう、畏れて、おののいているんだ。
私の脳裏にはひとつの光景が焼き付いている。
その、自殺した彼女の、最期の表情。
あれは――あの子は、
窓を通り過ぎる一瞬、
私を見付け楽しげに、
確かに、笑っていた。
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