青空に唄えば・・・・・
青空に唄えば・・・・・
水瀬


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それから一年の月日が流れた。
あいつが死んでからの一年。
それは長くもあり、短くもあった。
あいつがいなくても、セカイは何事もなかった様にまわる。
人間一匹なんてセカイにとっては六十億分の一という、さほど気にならない数字でしかない。
そう、数字でしかないんだ。
身近にいる私らにはそれはたった一人の人間に感じられるけれど、あいつのことを知らない人にすれば、そんなのはただの事実であり、なんら関係のない数字だ。
新聞記事に載ったのを見て『ああそんなやつもいるのか』『かわいそうだなぁ』『むしろ自業自得じゃない』『死ぬなんて馬鹿じゃない』『関係ないけど』とか思うのか、もしくは何も思わず流すだけなのか、その程度でしかない。
自殺なんて、そう珍しくも目新しくもない。
よくあることなんだ。
このセカイではよくある。
イジメを苦に自殺。
借金を苦に自殺。
自殺するのには、そんな理由で十分なのか、私にはわからない。
私に自殺する勇気など、ないのだから。
あの日、結局CDは見つからなかった。
あいつの部屋のどこを探しても見つからなかった。
もしかしたら、そもそも持っていなかったというのも考えられる。
聞いたことがあるだけだったのかもしれない。
だったらあの日、必死で探した私はひどく滑稽だな。
―――・・・・・・・自嘲をするのも疲れるな。
それにそろそろ飽きてきた。
だからもうやめよう。
別にあいつが死んだからって止まっていたわけじゃないが、そろそろ歩き出すべきだと思う。
そう思ったから私は今、ここにいるのだしな。
ここ―――あいつの墓前に。
あの日、出来なかったことをするためにここへ来たんだ。
わたせなかったものをわたすために。
私は持っていたバックの中から一枚のCDを取り出し、墓前に供える。
両手を合わし、目を細め、墓石を睨みつける。
「お前さ、なんであの唄が洋楽だって言わなかったんだよ。おかげで散々探し回ったじゃないか、このボケが」
しかも勝手に洋楽を日本語訳にして唄いやがって。
私は合わせた手を離して、右手の平を墓石にくっつける。
「それになんだよあの『ごめんなさい』って?謝るなら最初から自殺なんてするなって話だ。される方の身にもなってみろ。誰がお前の死体の後片付けをすると思ってるんだよ?家族か警察か、あとは死体拾いのバイトくらいだろうな。・・・・・・・自殺なんてみんなそうさ。誰かに迷惑かけまくりなんだ。首吊りは家族に。リストカットも家族だ。飛び降りにいたっては下にいる人にまで迷惑がかかる。自分一人で死のうとして誰かを道連れなんて洒落にならない」
私は一息吐いて、また話し出す。
「人は一人じゃ生きれないのと一緒でな、一人じゃ死ねないんだよ。そこんとこわかってないから簡単に死ねるんだ」
あー、なに説教たれてんだろ私。
「確かにお前は辛かったんだと思う。死ぬ決意なんてするんだから文字通り死ぬほど辛かっただろうし、その気持ちもわからなくもなくない―――とは言わない。だって『お前も同じ気持ちを味わったのか』って聞かれれば『いいや知らね』って答えるしかないし『だったら余計なこと言うな』って言われれば終わりだから。それにそれを味わったのはお前で、それはお前だけのものなんだよ。誰のものでもない、な。前に言っただろう。その気持ちも含めて自分のものだって」
もしあの時、私があいつに告白しろなんて言わなければ、あいつは死ななかったのかもしれない。
「だから私はこの気持ちも自分のものだと受け止める」
あいつが死んだのも、全て受け止める。
私は全然これっぽっちも強くなく、むしろ《脆弱》が相応しいけれど、この気持ちだけは受け止めなくちゃならない。
それが私の―――あいつの姉としての責任だ。
「お前は強いさ。決意と勇気をもって死を選んだ」
・・・・・・・ああ。なんだ。そういうことか。
ひどくつまらない。
ひどくくだらない。
ひどくあっけない。
簡単過ぎてヘドが出る。
「ただな。お前のその強さは弱さの同義語なんだよ。お前は生きる勇気がなかったんだ。絶望って簡単な答えを見つけ、死などいう安易な場所へ逃げる。怖かったんだろ。これ以上傷つくのが」
今、私の感じている、
この怒りも。
この憤りも。
あいつに対する想い全て―――
「逃げるなよ。戦えよ。それで負けそうになったら、私に言えよ。そうすれば助けてあげたのに。私なんかじゃ、なんの助けにもならなかったかもしれないけれど、お前の話くらいは聞いてあげられたのに。なのに・・・・・・・なんの相談もなしに、死ぬなんて・・・・・・・・・・・・・・卑怯だろうが」
―――私はただ、悲しかったんだ。
「お前は私に何も言わなかったんだ。だから私は、悲しんでやらないぞ。葬式のときも、悲しまなかった。どこ吹く風だ」
自分に言い聞かせるように、無理矢理思い込ませるように。
「お前がどんなに悲しくて自殺したとしても、私は悲しまない。お前が死んでも、悲しくない。お前がいなくても、悲しまない。私は絶対に、悲しくなんてないんだ」
自己暗示のように一通り言ったあと、私は意地悪に微笑んだ。
「誰が泣いてやるもんか」
今にも崩れそうな、壊れそうな、歪んでしまいそうな、微笑み。
「・・・・・・・誰が、泣くか」
自分でも嫌になるくらいの偽り。
偽り続けることで自分が壊れていると戒める。
それゆえに欠陥。
私はその気持ちを隠すように、唄を口ずさんだ。
あいつが好きだった、あの唄。
そっと漏れる歌声は、まるで空気と同化するように滲んでいく。
もしかしたら、ここで唄えば、あいつに届くのだろうか。
わからない。
けれど・・・・・・・。
私は視線を墓石から空に向けた。
「・・・・・・・空って、こんなに低かったっけ」
澄みわたるような青空は、まるで手を伸ばせば届きそうで―――
「これなら聞こえるかな?」
―――私は唄った。
あいつに聞こえるように。

end
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