歌舞伎者

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9月1日
ついにホストデビューの日がやってきた、ついにと言うほど待っていたわけではないが絶対に自分にはできない職業ベスト3に入っていると考えていた仕事をまさか半月足らずの話し合いなどで決めてしまった事実に少々戸惑いや不安はあったが、いつも自分は何かやり始めるときにあれこれ考えずに“やってみなはれ”精神で飛び込んでいたことが思い出された。
ホストにならないかという話があったときの８月半ばの頃、ホストという何も知らない世界ではたしてやっていけるかというとてつもない不安の強迫観念に襲われた数日間、ﾃﾚﾋﾞにホストの店やホストが出てきただけでドキッ!!っとしていた始末であった。
ホストの世界のことを何も知らないのにあれこれ考えたってしょうがないのにｽﾎﾟｰﾂ青年ゆえろくに遊びも知らないましてや夜の世界にはこれまでまったくの無縁だった人間が考えるなというのが無理なことなのだが、やがて辿り着くは無我の精神、一切の不安や余計な考えを取り去るには何も考えないことだが、その後不思議なことにデビューが近づくにつれ段々ワクワクしてきたのである、ホストのことを考えると一刻も早くテーブルについて接客してみたいという精神状態の自分がいた、なぜそんな状態になったのかと聞かれてもうまく答えられないのだがテレビに映るホストを見たときこれまでドキッ!!としていた人間がテレビに釘付けになっているのである、テレビに映るホストの姿と自分を重ねたくない状態から早くなりたいに変わるとは正直驚きだがそれが最高の状態であることには違いない。
横にそれてしまったがそんなこんなで３１日のオリエンテーションと勉強会のとき北村さんと歌舞伎町をCAVUQMONOに向かって歩いているとき「明日から働く？ちょうど今日が閉め日で明日１日だからきりがいいし。」「・・・はい、そうですね、そうします。」
展開速いでしょ、いくらなんでも今日知って明日からとは思わなかったがまた妙な精神状態に変わらないうちに始めてしまおうというのは正解だった。
そして１日の午後１０時４０分頃、北村さんがいないので少々心配だったがそれ以上にわくわくしていたので元気よく挨拶をし、代表が「おう、よろしく！」と握手をしてくれた。
この握手が自分にとても安心感を与えてくれたのは今でもよく覚えている。
「きんにく?ん、名前もう決めた？」代表がブースから顔をのぞかせながら自分へそう声をかけてきた、「はい、”hide”でいこうと思います。」「ローマ字で？」「はい、そうです。」「よしわかった。」とくにこだわりを含めたわけではなかったが本名にヒデが含まれているのと友達や知人に普段からヒデと呼ばれているのでやりやすいためだった。
キョロキョロと店内をうろついているとまた代表が、「きんにく?ん！」・・・・・さっきhideと言ったのに、、、きんにくんのほうが愛嬌があるのだろうか、「はい。」「じゃぁ一通り説明するね。」
代表から今日の仕事やながれなどの説明を受けて、「そういえばタンクトップ着てきた？」「え？あ！はい！」そういってササッと上着を脱ぎはじめた、「さぁくるぞぉ?！！」そう代表が言うと店内の視線がいっせいに自分に向けられた、上着の袖を脱いだ時点ですでに、「うっわぁ?！！」「ほっほぉ?！！！！」と声が上がった、そして上着をすべて脱ぎ終え、ボディービルダーのポージングを真似ると、「すげぇ?！！」ふって?、かって?の大喝采、ポージングしているとき格子の向こう側の席にチラッと目をやるとNo1の大世さんがまぶしい笑顔を向けてくれていたのが印象的だった。
タンクトップを着てきたのは前日にタンクトップを着て接客をしている先輩従業員を見て、「北村さん、タンクトップ着てもいいんですか？」「うん、明日着てくれば？そういうのは出すべきだよ。」「わかりました(笑)」帰り際に代表に挨拶をするときタンクトップを着てくることを告げたから、である。
話がまたそれてしまうがここで自己紹介も含めて“hide”という人間はどんな人間なのか幼少時代からの“hide”をお話しよう。
幼少時代の僕はとにかくおとなしい子だった、1歳か2歳のころ、母親に公園の砂場に遊びに連れて行ってもらっても遊んでいるはずが気がつくと座りながら眠っていたという、レストランでスパゲッティーを食べているとき、フォークを握りながらうつむいているから母親がどうしたのぉ？と覗くとやはり眠っていたという。
マイペースなのか神経質ですぐに疲れる子だったのか退屈だったのか定かではないが、僕はそのことを全く覚えていない。
3歳になり、幼稚園に入園して友達が出来るとよく遊ぶ子だったが人見知りで口数が少ないためたくさん友達をつくれるほうではなかった。
だから当時遊んだ友達といえば５・６人程度しか覚えていない。
その上母親にべったりタイプで幼稚園にいても友達と遊ばないときは常に母親代わりの保母のお姉さんにずっとくっついていた、幼稚園手帳を今読み返してもその事項だけ特別に欄が出来ていて晴れて進級の手前あたりで「最近先生に寄り付かなくなりました、お兄さんになったんですね。」と進歩具合が書かれていたくらいである。
そしてそんな僕が大の苦手としていたのがその名も『お泊り保育園』お母さんにべったりの僕の身になって考えてもらえればお察しいただけると思うが、夜が近づくにつれ、家に帰れない恐怖とお母さんが居ない悲しみと普段なれない環境で神経が磨り減るというトリプルパンチに僕は寝ずに保母さんの下で夜通し泣き続け、疲れて寝るという具合であった、当時のことは忘れずによく憶えている。
そんな僕と正反対の性格を持って産み落とされたのが妹である。
妹は僕より2つ歳下で、先ほど話した僕の第2の寝床である砂場においては僕が遊んでいたおもちゃを近所の子が取り上げてしまったら妹が、「それおにいちゃんのだよぉ！おにいちゃんおもちゃもっていかれちゃったよぉ！」「・・・えぇ?・・いいよぉ。」「私が取り返してあげるね！！」といった感じで弱気な僕に代わり、強気な妹は僕のボディーガードならぬトイガードだったのである。
特に幼少時代は妹とのエピソードはよく憶えている。
当時マンションに住んでいたのだが他の部屋や階の住人の新聞を片っ端から引っこ抜いてきたり、階段を通せんぼして来る子を片っ端からひっぱたいたり、、、、この暴れん坊ぶりは外だけに留まらず、肉親の僕にまで及んだ。
まだ幼いため自力で歩いても追いつけないので妹が用意した兵器は歩行機、一かきでグンとスピードが出るためあっという間に追いつかれてしまう、最初はお兄ちゃんに追いついたと得意気に追いかけてくるだけだったので結構だったが、追いつくだけでは満足しないのか、今度はお兄ちゃんを制圧しに棒を持って追いかけてきた、これにはさすがに参ったが歩行機は大きいために机などで通せんぼしてしまえば防げるし、ひっくり返してしまえばこちらの勝ちなのだが、ひっくり返された妹は「ぎゃぁ?！たすけてぇ?！殺されるぅ?！」とわめき叫ぶ始末、もちろん被害者であり制圧者である僕は黙殺していた。
妹の乱暴振りはこれだけに留まらず一番忘れずに憶えているのはある日の夕食のこと、その日は大好きなステーキをおいしく幸せに食べていた、自分ではうまくお肉を切れないのでお母さんに切って食べさしてもらっていたらなにやら前方にすさまじい殺気を感じたので目をやると物凄く不機嫌な顔をしている妹がいた、今度はどんな手で制圧にかかるのかと思ったらなんと真四角のデジタル時計を持ってビュッと一振り、真四角の飛び道具は瞬く間に僕の顔めがけて飛来してきた、その凶器は僕の額にガツンと当たり大きなたんこぶを作った。
さすがに反撃する力も残されておらずそのままお布団にもぐりこんだ、妹は平気(兵器)で兄をも制圧する恐ろしい存在だったが、負けっぱなしの兄ではない、恐ろしい妹も所詮は人間、ゴジラでもエイリアンでもプレデターでもターミネーターでもない、自分より小さな妹なのだ、そんな妹にも負けない兵器を僕はやっと手に入れた、ラジコンである、生物は自分では理解不能な物体には恐れをなして逃げるというが妹も例外ではない、自分をひたすら追ってくる物体に妹は恐れをなして逃げ回った、今までやられた分恐怖を与えようとラジコンで追っかけまわしテーブルに非難すればラジコンを持ち上げてひたすら追っかける、だがそんな妹も知恵を持った人間、いづれ慣れというものがやってきてただ追ってくるラジコンに立ち向かい、なんと鈍器で破壊してしまったのである。
ラジコンにも屈しない妹にどうやって立ち向かおうかと思案に暮れていたある日、家族揃って中華街へ行ったらなにやら妹が怖がって近づかないものがあった、おそらく中華街にしかないであろうドでかいお面というか被り物である、あの不気味な笑みを浮かべたドでかい頭をした物体が妹には理解不能だったのであろう、僕は母親と二人きりになったとき、こっそり買ってもらって秘密兵器としていつかの決戦に備えた。

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