あもトイレ・愛の名作劇場 ?mari qui estime sa femme?
あもトイレ・愛の名作劇場 ?mari qui estime sa femme?
8ページ目
翌日、そこを訪ねることにした。上着を返したかったのと――もっとちゃんと御礼が言いたかった。
「珍しいわねぇ、旦那さん以外のお見舞いの方なんて。昔は引っきりなしに見舞い客が来てたのに、最近じゃてんで。薄情なものよねぇ」
恰幅の良い看護婦が部屋に案内するがてら、―302号室は個室のようだ――数年前から意識が回復しない女性がそこで眠り続けている、と聞いてない話まで話し始めた。やれやれプライバシーも何もあったもんじゃないなと思いながらも、私は看護婦の話に耳を傾けた。
「ここの旦那さんね、陸上自衛隊の陸尉さんなのよ!まだ若いのに、すごいわよねぇ。植物状態になって、延命装置だけで生き長らえる奥さんの為に、必死で出世したんだろうね。まだまだ新婚さんだっていうじゃない、泣けてくるわぁ?」
「…あの、なんで、そんな…状態になっちゃったんスか?」
この頃の私はまだまだヤンキー上がりの生意気な小娘だったから、遠慮とか配慮とか、そういう謙虚な概念がなかった。部外者の私がそれを尋ねたのは明らかに好奇心からで、今から思えば恥ずべき行為だった。まぁこの看護婦の口の柔軟さが一番の問題なのだけれど。
「それがねぇ、可哀相に、妊娠中毒症になっちゃったのよ。結局子どもは流産しちゃうわ、大脳やられちゃって奥さんの意識は戻らないわで…。でもね、あの旦那さんのすごいところは、どんっなに忙しくても必ず毎日お見舞いにくることなの。奥さんの好きな霞草を持ってきてね、奥さんの身体を拭いて髪を梳かして爪切って…もぅ、好きで仕方ないのね。ポケットにはいつも奥さんの写真を持ち歩いているし。あんなに愛情深い人、見たことがないわ」
半分涙声で物語を締め括った後、その綿に勝とも劣らない軽さをした口がところで…と呟いた。
「あなた、誰?親族の方?」
「あぁ、妹ッス。」
しれっと嘘を付き、不審な目付きの看護婦を軽く無視してその部屋に入っていった。
時が止まったように静かで、太陽の光に満ち溢れた明るい病室には一人の女性が眠っていた。まだ若いが、私よりはだいぶ年上だろう。透き通るような白い肌は病的だけど美しく、枕元に飾られている霞草によく似合っていた。
意識遠くも尚、気品を失わない清らかで美しい女性【ヒト】だった。‘才色兼備’という言葉がぴったり当てはまりそうな、まるで聖母のように穏やかな寝顔。
採点