思い出の中の約束
思い出の中の約束
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美魅は次の日になっても学校に来なかった。
美魅だけじゃなくて、双子の妹の柚魅やいいんちょこと逢華も来ていない。オカシイ。一人だけならまだしも、三人揃って休むとなれば、そこにはなんらかの必然性が生ずるはずだ。
この三人に共通することと云うとやはり三人が友人カンケイにあるということで、となると、一緒に旅行に行ったとか、共通の知り合いの葬式に行ったとか、そういったことが考えられる。
それに前者がもし海外旅行ならば昨日のメール以来なんにも連絡が来ない――コチラから連絡を取ろうとしても繋がらない――というのも説明がつくし、後者なら悲しみのあまり連絡をする気力が湧かないということも考えられるだろう。
なんてことを考えながら、僕は今日一日を過ごしていた。
放課後になって、暇潰しに誰か友達のウチへ遊びに行こうか迷ったが、結局はメンドクサイので普通に帰宅することにした。
その帰り道、防寒着を何一つ身に纏わず、風通しの良さと保温性を同時に兼ね備えるというどっち付かずな機能を有する学生服のみだったので、少し肌寒く、手をポケットの中に入れて歩いていると道の向こうに、ヨツンバイでパンツ丸見えになっている女の子を発見した。表現が卑猥だ。
その娘はオロオロしながら、地面に手を這わせるようにして何かを探しているみたいだった。近付いてきてみると、僕はその娘に心当たりがあった。
「どうかしたの? 未空ちゃん」と声をかける僕。
「だ、誰ですかっ!? わ、私の名前を知ってるなんて、もしかしてもしかしますけどユーカイ犯さんですかっ!? 私みたいなゴミ虫を拐ってもイイコトないですよっ! お父さんは早くに蒸発して、お母さんは男作ってあまり家に居ないから誰も身代金払ってくれませんし、そもそもお金なんてホームレスほどもないです! それに私なんかをあなたの部屋に連れていったらゴミ臭くなってしまいますよっ!? ごめんなさいごめんなさい生まれてきてごめんなさいっ!」
なんて感じにハイテンションなのかネガティブなのか計りかねるセリフを一息に言ってのけた。
そんな電波的なセリフで彼女が誰なのか気付いた。というか無理にでも気付かずにはいられなかった。
彼女の名前は久遠未空ちゃん。
この春、ウチのクラスに転校してきた可愛らしい女の子だ。アッパー系の悲観論者で、まるで何か危ないクスリをやっているかのようなリアクションを取ることで有名。今では学校中に知れ渡っている。
だからある程度どういう返事が来るのか予想はしていたが、それ以上のネガティブ発言を返されて僕は思わず引いてしまっていた。
「クラスメイトの高上なんだけど……」
「……高上くん?」
初めてテレビをまのあたりにした昭和の日本人のように、未空ちゃんは困惑しながら驚いていた。
「どうして高上くんがここに?」
「いや、それこっちのセリフなんだけどね。未空ちゃんこそ、そんなとこで何してるの?」
「わ、私ですか。さっき、車に轢かれそうになって、避けた拍子に電信柱にぶつかって、コンタクトを落としちゃったんですよ。どうせなら私なんて車に轢かれてしまえばよかったんですよねそうなんですよね!?」
そんなテンション高々に――しかも後ろ向きに――訊かれても困る。
未空ちゃんはいったい僕になんと言わせたいのだろうか。
と、興奮した感じの未空ちゃんの足元から、パリンと小さな音が鳴った。
確か未空ちゃんって『落としたコンタクトレンズ』を探しているんだったよね? ……もしかしなくても、もしかします?
あ、と声をあげた未空ちゃんはしゃがみ込んで足元に手を這わせて、それ――割れたコンタクトを掴みとった。
「……うう…………こんなことになるのなら、いっそのこと轢かれてしまった方が楽になれたと思いますよね。轢かれてしまえば、こうして地ベタを虫ケラのように這いずって人様の迷惑にならずに済んだんです。ゴミ虫の分際で人間様に迷惑をかけるなんて、死んだ方が世のため人のためですよね、だったら最初っから生まれてこなければ良かったんですよね!? 生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさいっ!」
うーむ。しかしながら、どうしてこうもポンポンと自虐的な罵倒文句が出てくるのか僕は不思議でしょうがないんだけど――おおっと、そうじゃなかった。冷静に分析をしようと試みる前に――というかそれすら軽く現実逃避の一貫なんだけど――とにかく今は…………慰めてやるべきなのでしょうか?
「ええっと、生きてればきっとなにかイイコトがあるって。元気出してよ。僕に何か出来ることがあれば、してあげるからさ?」
「……じゃ、じゃあ、あ、あの、」
どうやら、してほしいことがあるのか未空ちゃんはドモりながらも何かを言おうとしていた。
ついつい僕は身構えてしまう。自分から『何かしてあげる』と言っておいてなんだが、相手が相手だ。
もし『わ、私と一緒に自殺しましょう!』なんて言われたら、どうしようか。それを断わっても、『や、やっぱり、私なんかどうでもいいんですか、そうなんですかそうなんですねっ!? 私には生きてる価値なんてないんですよね、無理言ってすいませんでした一足先に天国へ行って来ますっ! 天国でも高上くんのことは忘れませんから、呪い続けてあげますからっ!』とか言われそうで、本当に怖い。
しかしそんな僕の心配は杞憂に終わったようで、未空ちゃんは、
「その……な、なななななななな、なでなでしてくださいっ!」と叫んだ。
……へ? なでなで?
「それってつまり頭を撫でるって意味と受け取ってもいいんだよね?」
「は、はいっ。いつも高上くんが彼女さんの頭をなでなでしてるのを、いいなぁって思ってたんですっ!」
目撃されてた!?
そりゃあ、まわりに誰かがいるときでもしたことはあるけれど、実際に知り合いに見られていて、それを言及されるとかなり恥ずかしい。
どう考えたってそれはバカップルにしか見えないだろうから。
「……わかった」
僕は未空ちゃんの頭に手を添えて、サラサラと柔らかい髪を撫でた。撫でるたびに美魅とは違った微香が鼻孔を擽る。
自虐的であり且つイタタなセリフを吐きまくるが、未空ちゃんも女の子なんだね。今更ながらに実感。というか体感。
制服の裾をきゅっと握っている両手は、ふるふると震えていた。……ん? なんだあの妙に『手首切ってますよ』的なリストバンドは?
何故か《恋する乙女》みたく星がキラキラと輝いている黒目で僕のことを見つめている未空ちゃん。そのうるうると潤んだ瞳で見つめられたものなら、思わずドキリとしてしまうだろう。それだけの眼力というか魅力が籠められていたんだ。
そのせいか僕の鼓動は微妙に高鳴っていた。
とくんとくん、と。
頭を撫でている手にもその影響が及んでいて、ギクシャクとどこかギコチナクまるでロボットみたく機械的に左右している。
「もうイイですよ。ありがとうございました」
僕は未空ちゃんの頭から手を離す。未空ちゃんはさっきまで撫でられていたところを両手で押さえながら、ちょっぴり照れくさそうに微笑んだ。
その仕草が、
その表情が、
僕の中にある、忘れようとしても忘れられず、
いつもココロの奥底に閉じ込めていたキモチに、
刃を突き立てた。
未空ちゃんと硝子は外見的にも内面的にも、何処もかしこも似ているところなんてないはずなのに――僕はほんの一瞬だけど、未空ちゃんに硝子の姿を重ねてしまったんだ。
「……未空ちゃん、僕もお願いがあるんだけど、いいかな?」
未空ちゃんは、いいですよ、と首肯してくれた。
だけど僕はそれ以上何も言うことが出来なかった。言おうとして口を開けるんだけど、声だけ出てくれなかった。頭では命令しているのに、それを言うなと身体が拒否したんだ。
硝子の笑顔が蘇ってくる。
僕は莫迦だ。愚か者だ。
硝子との――あの約束を未空ちゃんに言わせたところで、なんの意味もないと知っていたはずなのに、頭の中では理解していたはずなのに。
僕は何をしようとしていたんだ。何を望んでいたんだ。何を求めていたんだ。
「……ううん。やっぱりいいや。それじゃ、今日はこれで」
未空ちゃんを残して、僕はフラフラとその場から離れた。背後から未空ちゃんの電波的な言葉の数々が聞こえてきたが、僕にはもう、彼女のことなんてどうでもよかった。言いたいのなら、言わせておけばいい。
今すぐ、未空ちゃんのそばから離れなくては、僕はまた、崩れてしまう。
僕は――硝子の代わりが欲しかったのか?
誰も硝子の代わりになんてなれやしない。この空虚を完全に埋めきることなんて出来るはずない。僕はそれを十分にわかっていたんじゃないか。
それなのに僕は――……。
硝子。キミはこんな僕を見たら、なんと言うだろうか。許して、くれるだろうか。
ごめんなさい――硝子。
ごめんなさい――僕の大切だった硝子。
ごめんなさい――僕の大切だった硝子……義姉さん。
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