思い出の中の約束
思い出の中の約束
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僕は一時期、彼女――硝子といるときは『首輪』の着用を義務付けられていた。首輪といっても、エスエムで使いそうなゴツゴツとしたやつではなくて、犬や猫が付けていそうなファンシーなやつなんだけど、だからといって喜べやしなかった。
彼女曰く、『ペットは飼い主に従順だから』だそうだ。いったい僕に何を求めているんだろうね。
「僕は犬かっ!?」となんだおかしなノリで突っ込む――じゃなかった、訴えかけると彼女は、
「でもでも」と言って、自分の首にかけていたクロスのペンダントを手に取って見せる。
「ほら。コレとお揃い」
「お揃いって、どこが?」
「ドッグタグだよ。この十字架がハマるようになってるの」
そう言って自分の顔を僕の顔に近付けてくる。首輪に付いていたドッグタグに自分の十字架をハメ込んだ。
「ほらね、ぴったし」
お揃いなら、どうして僕のだけ首輪なのだろうか、という疑問も湧いたけど、考える間もなく霧散してしまった。
彼女の顔がすぐ目の前にあって、本当に少し動けば触れてしまいそうで、心臓がどきどきと不整脈を起こしていたんだ。
「それにハメ合わせると、裏に文章が出来上がるんだよ」
クルッと裏返したそこには『from S』と書いてあり、下には住所が記されてあった。この住所は彼女の入院している総合病院だろう。
「これで香流が何処に迷っても、私の所に帰ってこれるね。……って、合わせなきゃ確認出来ないんだから意味がないか……」
残念がるように肩を落とした拍子に鼻と鼻が触れ合って、彼女はくすっと笑い出してしまう。それを見て、僕も笑えてきた。
僕は今だ笑っている硝子の額に、自分の額をくっつけた。そうするとさっきよりも硝子の顔が近くにあって、僕は尚更不整脈気味になるんだけど、それが逆に生きているんだな、って実感になった。
僕は彼女と共に生きている。
「ずっと、一緒にいようね」
言葉は自然と紡がれていた。
「当たり前でしょ?」
躊躇や逡巡をする気配すら見せず、硝子は即答した――。
――目覚めた僕は、自分が泣いていたことに気付いた。触ってみると涙の痕がうっすらと残っている。
また、同じ夢を見た。その中では何もかもが幸せで、何もかもが良い方へ良い方へと向かっていて、セカイは僕らを中心に回っているようで……。病気なんて存在しないかのように、寿命なんて介在しないかのように。
だけど、目覚めると、全ては空想でしかないんだと思い知らされる。
夢の中の彼女は何も変わっていない。二年前と変わらぬ姿で僕の前に現れてくれる。
それが苦痛だった。僕らの間には、二年の月日が開いてしまったことを実感させられるから……。
瞬きをするたびに違和感が付きまとったので、涙の痕を拭おうとしたら、ヒジが何かやわらかいものに触れてしまった。――と同時に、「んん……」という艶っぽい声も聞こえる。
恐る恐る横を向くと、何故か《全裸》の《妹》が隣で寝ていたんだ。
しまった。ここはまだ夢の中だったのか。夢から覚めたと思ったら、実は夢の中ってことは、夢の中で夢を見てしまったのか。いやー、にしても夢なのにこの感触は本物みたいだなあ。あはははは…………さて、現実逃避もこのくらいにして置いて、現実を直視しよう。
《秋も佳境に近付き、暖房をつけてしまった僕は、寝るときに消すのを忘れてしまい、暖房の出す一酸化炭素に頭をヤラレ、ついつい嫌がる妹に手を出して、無理矢理服を脱がして(引き千切って)色々と言葉では言い表せないような猥褻で鬼畜な行為の数々を働いてしまった》――……。
「そんな莫迦な……っ!」
「……もーっ。うるさいよー。おにーちゃんっ」
僕はビクリと震えてしまった。ヤバイ。このままではかなりマズイ。目を覚ました妹は昨夜何があったのかを知り、段々と恐怖に顔を歪めていくだろう。そのココロは無惨としか言いようのないくらいズタズタになっていて、ちまたでいうところの『PTSD』に陥ってしまうんだ。ああ。いったい僕はなんてことをしてしまったのだろうかっ!?
「……ごめん、亜沙。僕はとんでもないことをしてしまったみたいだ。償いきれることじゃないかもしれないけど、一生をかけて償っていくから……」
「何言ってるのかな、おにーちゃん?」
「だから、その、」
口籠る僕に亜沙はどこか物憂いげな表情をした。
「変なおにーちゃん。でも、気持ち良かったよ?」
何がっ!?
まさか、そんな……。
《嫌がるそぶりを見せていた妹だったが、その胸のうちでは僕の猥褻な行為の数々を喜んで受け入れていた。全てが終わったあとで妹は僕に甘く囁いた。『おにーちゃん、大好き』》――……。
有り得ねえ。
亜沙は『ん?っ』と伸びをしながら言った。
「裸で寝るのって案外気持ちいいねっ」
……ああ、はい、そうですかそうですよねそういうオチですよね、わかってましたよどうせそんなことだろうとは、一人で突っ走った僕が莫迦だったということなんですよねっ!?
「アレ……だけどなんで私ハダカでおにーちゃんのベッドにいるのかな?」
なっ……まだそっちの疑惑が残っていたのか!?
亜沙は思案顔をして、首を傾げた。そして、しまったぁという顔をした。
「……えへへ」と照れ笑いを浮かべ、「昨日充電し忘れたんだった。していいかな?」
さて、コメディーなノリはここらへんでヤメテおこう。寝起きはテンションがオカシクなるから頂けない。
充電。別に携帯ではない。それなら一々僕の部屋に来ずに自分の部屋ですればいいからね。
亜沙は僕の背中に手を回して、自分の顔を僕の肩の上に載せた。
むぎゅ。そんな擬音。
「今日はどれくらいで満タンになりそう?」
「十五分」
「長いね」
「エンプティだもん」
亜沙は充電――という名の行為――をしなくては、精神の均衡を保てなくなる。特異な精神疾患によって、亜沙はある特定の欲求が突出してしまった。その欲求を押さえ付ける為の自己暗示のような行為――それが《充電》だった。
《充電》をすることで亜沙は、なんとか境界線上に止まることが出来ているんだ。
だから僕は喜んで受け入れている。
それが僕の――代償行為。
「……充電完了しました」
と言って亜沙は僕の背に回していた腕をほどく。だけどそのまま離れようとしない。
どうしたのかなと思い、顔を覗き込んでみると――イキナリ押し倒された。
「これはなんの真似だろうね、亜沙さん?」
「おにーちゃんこそ、せっかく手間を省けるようハダカでしたのに、どうして何もしてくれないのかな?」
馬乗りになった亜沙は問いかけてくる。
手間ってなんだよ手間って。確かに段々と脱がせていくのは手間が掛るかもしれないけど、それがイイというヤツだっているだろうが……って僕は何を考えているんだ? それ以前に亜沙はいったい僕にどんな展開を期待していたんだろうね。
「ハダカのオンナのコが誘っているのに手を出さないなんて、おにーちゃんはハダカが嫌いなの? それともどちらかといえばコスチューム嗜好?」
「それは僕には答えかねる問いだね。だけど敢えて答えるとしたら、ケースバイケース」
「うわ。逃げた。だけどそれってつまりどっちでもイイってことでしょ?」
ベッドの上で、服を着ている僕は、全裸の妹に馬乗りされている――考えてみるとオカシナ図だ。
何を勘違いしたのか、妙に納得した感じの妹は、僕の上着のチャックをじぃーっと下げ始めた。口で。
じぃーっ。
なんつーか、エロい。
下の、じゃなかったのがせめてもの救い。
「ってちょっと待て。ウエイトっ!」
「……寸止めは良くないんじゃないかな。身体に悪いと思うよー」
おいおい。聞き様によっては勘違いされそうなセリフを吐くな。
あどけなさの残る顔立ちの亜沙が上目使いで覗き込んでくると、ひどく倒錯的な印象を受けてしまう。
「そういう言い方をすると違う意味に聞こえるんだけど……」
「違う意味も何も、それ以外にはないんじゃないかな」
完全にイチシアチブを握られていた。このままではイケナイ、という気持ちが湧き上がってきそうなものなんだけど、依然としてカラカラに枯渇したままだった。
人間は未知のモノには恐怖に似た感情を抱くと云われているけれど、この場合、つまり亜沙との関係であり行為は、断じて未知のモノではなかった。煎じて云ってしまえば、今回が初めてではないということだ。
「仕方ないね。美魅が来るまででいいのなら、やってもいいよ」
「うにゃー。今日のおにーちゃんはちょっと優しいよー。もしかして自暴自棄かな?」
自暴自棄? いったいどこをどう解釈したらそんな感想が出るんだろうね。せっかく誘いを受けたっていうのに、そんなことを言われるなんて心外だよ。
だけど寝起きのオトコのコが自暴自棄って考えると、ちょっとある意味、的を得ている気がしないでもない。
「また、硝子さんの夢でも見たんじゃないかな?」
「……前言撤回。やっぱり今日はやめておこう」
「うーっ。ごめんなさいー。やめるなんて言わないでよー」
僕の上で暴れ出す亜沙。
「こら、そこで暴れるな。いろんな意味で危ないだろうが」
「うにゃーっ」
じたばた。
じたばたばた。
じたばたじたばた。
「……ああもう、わかったよ」と僕は諦めて認めることにしたんだけど、少しイジワルをすることにした。
「その代わり、僕に何をしてほしいのか言ってみてよ。そうしたら――」
すると亜沙は僕が言い終わる前に即答した。僕の耳元で。
「亜沙の、〇о〇な×××を、おにーちゃんに、触ってほしい……です」
途切れ途切れに囁かれる言葉はどことなく羞じらいを帯ていて、僕は赤面しそうになった。自分から仕向けたのにね。
「おにーちゃん」
生めかしい呼吸音が耳元から聞こえ、次第に僕の息まで荒くなっていることに気付いた。
同時に首筋から違和を感じたと思ったら、ぺろり、と亜沙は僕の首筋を舐めた。
「ひゃっ!?」
全身を突き抜けるような鮮烈な感覚がして、僕はまるで敏感なオンナのコみたいに嬌声をあげてしまう。実際に敏感なんだけど。
その後も亜沙は何度も舌を這わせ続け、僕は少しずつ自我が崩壊していくような感覚に襲われた。最終的にというか、まあ、あとは御想像の通りの展開――に近い展開となったのだった。
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