死に沈むシニシズム
死に沈むシニシズム
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凛堂。凛堂臨也。
彼はそう名乗った。
聞き覚えはない。
クラスメイトでないのだけは確かだ。私はクラスメイト全員の名前と顔と声と性格を覚えている。それぞれに対して一番不評を買わないような態度を取れるようにするために。
「調べてる……ということは警察の方ですか?」
『違うよ。あんな官憲と一緒にしないで欲しいね』
その声音にはなにやら嫌味ったらしさが混じっていた。よっぽど警察に対して良い印象を持っていないようだった。
だけど、警察でないとしたら彼はいったい何の為に事件のことを調べているんだろうか?
『一番近いのは、たぶん私立探偵なのかな?……守秘義務があるから詳しくは教えられないけれど、とある方に事件の背景を調べて欲しいって依頼を請けてね』
「はぁ……そうですか」
なるほど。私立探偵とキたか。
私立探偵とは国家資格の無い探偵のことで、事務所を持つときに届け出をしなくても良い、という実にいい加減な職業だ。つまりは誰にでも名乗るだけなら出来て、まるで信用には値しない。
怪しいところはそれだけではなく、何故、彼は私があの光景の目撃者だと知っているんだろうか?
あそこに居たのは私と澤谷数馬だけだった。たとえ向かい側の校舎から私のことを見ている人が居たとしても距離的に顔は確認できないと思うし、何より見えていたとしても私みたいな影の薄いヤツを分かる人など居ない。
となると残るは依頼人が澤谷数馬という線だけど、しかし彼が探偵に依頼をするなら、まず信用のおける国家資格保有者を選ぶ筈。
ああ見えて生徒会に努めているくらいだから、色々と抜け目のない性格をしている。
だが、そうなると彼は何処からどうやって情報を仕入れたのか?
たぶん真っ向から訊いても守秘義務を盾にして答えてはもらえないだろうね。
『ところで、こんなこと訊くのもどうかと思うけれど……落ちていくときの彼女はどんな様子だったのか覚えているかな? なんでもいいんだ。キミが気付いたことをなんでもいいから話してくれないかい?』
「すみません。一瞬のことだったんでよく覚えていないんです。何か窓の外を通ったと思ったらすぐにドシャッて音が聞こえて……それで窓に行って、下を見たら……」
私はそこで話を切る。
押し黙るように。
それが、一番普通のリアクションだから。
本当は今すぐにでも電話を切りたかったが、一方的に切ったとしてもまたかけて来られてくる可能性が残る。それでは元も子もない。名前が知られているということは住所も知られていると考えて然るべきだから、直接自宅へ来る可能性もある。今の世の中では、それくらいの情報は簡単に手に入るから。
だからここは、上手くやり過ごすのが一番の得策だった。こちらからは何も有力な情報を得られないと暗に分からせるしかないんだ。
それに、私はもうこんな事件とは、これ以上関わりたくなかったから。
『――それはおかしいね』
心底不思議がるような印象を受けた。
『キミは一つ大切なことを抜かしているよ』
大切な、こと……?
『キミは確かに見た筈だ』
まるで、私には電話の向こうの彼が、薄く笑ったように感じられた。
彼は、紡ぐ。
『あの――悍ましい微笑みを』
ドクンと心臓が跳ねた。
まさか――まさか。
そんな……そんなことがあるはずがない!
確かにあの場には私以外誰もいなかった。廊下からは誰の足音も話声も聞こえなかった。唯一その場に居たのは澤谷数馬だが、彼だって彼女が落ちてくる瞬間を目撃してはいない。
私が居た教室は三階建て校舎の二階に位置している。上には同学年の教室があり、下は特別教室だ。だが下の特別教室は日頃から使われていない為に鍵がかかっていて誰も居ない。上の教室にしたって誰かが居たとしても、彼女が笑ったのは、『私を見つけた』からなんだ。
彼女は私を見て、笑ったんだ。
唇の端を――ニィっと歪めて。
だから、彼が、知っているのは、ありえない。
「……貴方は、あの場に、居たんですか?」
声が、震えていた。
背中を伝う汗の感触が気持ち悪かった。
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