死に沈むシニシズム
死に沈むシニシズム
水瀬


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 まだ、フラッシュバックの余韻が、残っていた。
 あれは――二、三年前。
 中学のとき。
 私はイジメが耐えられなくて自殺をはかったことがある――なんて言い方をするとかなりイタイ印象しか受けなさそうだから、尊厳の為に追加しておくけど、それは未遂に終わった。
 その頃の私は、現状から逃れる為に、もう苦痛を味合わないようにする為に、散々自殺する方法を考えた。しかし自殺するといっても痛いのは嫌だ。痛いのが嫌で死ぬというのにそれでは元も子もない。飛び降りは打ちどころが良くなくちゃ即死は出来ずにもがき苦しむと云うし、交通事故――つまりは車や電車に挽かれるのもまた同じだ。リスカではそもそも死ぬ程血が出ることなんてほとんど無いからかなり深く切りつけなくちゃならない。前二つよりは圧倒的に苦痛レベルは下がるけどそれでもかなり痛いと思う。
 私に考えられるうちで残すは首吊りと薬物過剰摂取だが、首吊りは首を絞められる苦痛――実はあまり痛くはないらしい――と身体の穴という穴から内容物が漏れ出すと云う。それだけは頂けない。これでも私は女の子で、たとえ死んでしまえばどうなろうと関係ないとはいえあんな汚らしい姿――ネットで自殺方法を検索したときに首吊り死体の写真を見たが、それはそれは酷いものだった――を晒したくはない。最低限の尊厳の問題だった。
 もう残すは薬物過剰摂取――つまりはオーバードーズくらいだ。これなら苦痛を伴わずに文字通り眠るように死ねると云う。元々祖母が鬱病を患っていたので薬物の類を手に入れるのは簡単だった。祖母が定期的に通院する日を狙って私は部屋に忍び込み、薬の詰まった紙袋をくすねた。紙袋の中には一週間分の三環系抗鬱薬が入っている。
 だけどいざ死のうとなると物怖じしてしまい、一向に進まない。薬を摘む指先が震えて口元まで持ってこようとしても動いてくれない。
「あ……あぁ……」
 声が、漏れる。
 薬が指の間から溢れ落ちた。
 どうして――?
 そう、思った。
 私は死にたいと思っていたんじゃないの?
 痛いだけの生活が嫌で、苦しいだけの日常に耐えられなくて、こんな苦痛しか与えてくれないセカイから逃げたいんじゃなかったの?
 それなのにどうして逃げ出せないの?
 答えは一向に出なかった。
 だけど、私は、死ねないんだと分かった。
 死にたくないんだと。
 ――では、どうすればいい?
 死ぬ以外に逃げ道なんてない。苦痛があまりに大きすぎて、私はいつまでも自分を維持し続けることが出来そうもない。堕ちてしまった暗闇が深すぎて、私はいつまでも自己を意識することが出来そうもない。
 ――リストカットを、することにした。
 誤解されがちだが、リストカットは『死ぬ』ためにするものではなく――『生きる』ためにするものなんだ。
 と、そこで。私の思考を遮るように、携帯電話が着信を告げる電子音を鳴らす。
 誰だろう、とサブ画面を見るが、そこには見たこともない番号が表示されている。もしも電話帳に登録されているんなら、名前が表示される筈だ。
 しかし私の番号を知っている人は限られている。
 クラスメイトが色んな掲示板に『エンコーしませんか?』という内容の書き込みをしたために電話がひっきりなしにかかってきて、番号を変えざるをえなくなり、今の番号を知っているのは本当に限られている。
 だから私に電話をかけてくる人はゼロに等しかった。たぶん、番号を変えてから今まで、一度もかかってきていないのかもしれない。
 それなのにもかかわらず――携帯電話は着信していた。
 どういうことだろう。
 出ないことには始まらない。
 私は通話ボタンを押して、受話口を耳に当てた。
「も、もしもし……?」
『はじめまして』
 電話の向こうの人は男性のようだ。声質からしてまだ若い印象を受ける。
『箕作梓さんですね?』
 私のことを知っている……?
 肯定するべきか否定するべきか迷ったが、相手の出方を伺いたかったので私は肯定した。もしも上手く話を進めることが出来れば、相手がどういった手管で私の情報が入手出来たのか分かる。
 それが掲示板からなら、書いた本人の情報が記録されていて個人情報漏洩で検挙出来るからだ。
「はい。そうですけど」
『……良かった。間違ってたらどうしようかと思ったよ。なにぶん情報が曖昧だったし、今回に限ってあの万年ギーグは発情期に入ったせいで音信不通ときたものでね。日頃は女であることすら忘れている癖してこんなときに色気付くとはいやはや……捌け口にされる彼には同情を禁じえないが、僕は御免こうむりたいよ。というか発情期があるなら産卵期もあるのだろうか……?』
 おおっと話がズレてしまった、と彼(断定)は続けた。
 いったい、なんなんだ?
 わけがわからない。
 どう考えても私は彼の声を聞いたこともなく、たとえ機械的に変換・再構築された音声だとしても知らないと断言できる。
 それなのにもかかわらず彼は初めて電話をかけた相手に対して長々とノーブレスでわけのわからないことを喋るだろうか、という疑問が湧いたが、それよりも以前に。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
『ああすまない。僕としたことがこれではただの無粋者だね。素直に謝るよ』
 謝られても困る。
 彼は、更に紡ぐ。
『僕は昨日の事件について調べている者だよ。君が教室で、自殺した娘が落ちてくる姿を目撃したと聞いてね。それで電話をしてきた、というわけさ。ちなみに名前は――』

『――凛堂。凛堂臨也だ』
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