彼方から……
彼方から……
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『この子は懸命に生きようとしているんだよ?克樹も言ってたじゃない!須(すべか)らく人の出会いには縁(えにし)があるって。この子があたし達と出会ったのは縁なんだよ、きっと……。だからあたしは放っとけないよ!』
震える子猫を抱き締めながら美宇はそう叫んだ。
その瞳は抱き抱えられている子猫と同じ目をしているみたいで俺は空を見上げたまま大きな溜息を付いた。そして美宇を見つめると
『俺の小遣いはコイツに喰われちまうんだからな?デート代は時々奢ってもらうぞ美宇。』
そう言って笑った。俺の言葉に美宇の表情はみるみるうちに笑顔へと変わってゆく。
『よかったね!お前飼ってもらえるんだよ?ホントによかったね!!』
ずぶ濡れの子猫を抱いて服を汚したまま、涙をぽろぽろ零して美宇は子猫の頭を撫でていた。
『さっそく名前を付けなきゃな。ポチってのはどうだ?』
『そんなの嫌よ、犬みたいじゃない……。じゃあチビって言うのはどう?』
『でっかくなったらチビじゃないだろ?コイツの名前はポチに決めた!!』
『え?!なんか変だけど、克樹が決めたんだから仕方ないかぁ……じゃあ、これからよろしくねポチ。』
しばらく恨めしそうに俺を見ていたけれど、諦めたのか子猫の名前を呼びながら美宇は楽しそうに笑った。
けれど、どうした訳かポチは俺と美宇にしか慣つかない。一番慣ついていたのは俺にだった。俺にだけお腹を見せて、そのお腹を撫でてもらうのがポチのお気に入り。俺が死んで家族にも慣つかないポチのことが気掛かりでもあったけれど、こうして美宇のところに居ると知って俺は少しホッとしていた。
「ミャ?ン……」
………ピクン………
その鳴き声に反応する様に宙を見ていた美宇の顔が、ゆっくりとポチの方を向く。力無く持ち上がった右腕が弱々しく頭を撫でると、ポチは満足げに喉をゴロゴロと鳴らしていた。
「ポチ……あたしに甘えなくていいんだよ。あたしはね、あなたのご主人様を殺しちゃったの……だから、憎んでいいんだよ。呪ってちょうだい……」
か細い声でぞっとするような台詞を零しながら、美宇は頭を撫で続ける。
『ふざけるなっ!!美宇!俺はお前に殺されてなんかいないんだ!!もうやめろ……頼む、自分を責めるのはやめてくれ……』
ありったけの声で俺は叫んだ。だけど俺の声は届いていないのか、美宇からの反応はない。
『俺の声は届かないのか?なぁ、美宇……俺はな、お前を助けられて満足なんだよ。死んじまったのは残念だけど、これっぽっちも恨んじゃいないんだ。』
どんなに声を枯らしても、蚊の羽音さえも俺の声は届かない。もどかしくて気が狂いそうだ。こんなにもすぐ傍に居るのに俺は何も出来ない。
どうすればいい?
どうすれば伝わる?
わかってくれよ美宇。俺は幸せだったんだよ、お前を好きになれて……
お前を守るコトができて……
その時だった……
ポチの顔がこっちを向くと、じっと俺を見つめ始めた。何かを伺うようにポチの瞳は俺を見つめる。
『ポチ……お前、まさか俺が見えるのか?』
その声に応えるように、ポチは一際大きな鳴き声をあげる。そして美宇の傍から離れてはしゃぐみたいに俺の足元に駆け寄って来ると、いつものように頭を擦り寄せた。
けれど、実体を持たない俺に触れられる筈もなくポチの頭は足を擦り抜けてしまう。それでも何とかじゃれようとポチは何度も何度も繰り返す。そんなポチの不思議な行動を美宇はぼんやりと見つめていた。
『ポチ……ごめんよ。』
健気に触れようとするポチに、俺はそんな風にしか答えられない。やがて、足元にじゃれるのが無理な事がわかったのかポチはこっちを見つめて悲しそうに鳴いて、俺の目の前に寝そべると仰向けになるみたいにお腹を見せた。
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