彼方から……
彼方から……
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おばさまは淋しげな笑みで静かに頷く。その名前が克樹の仮染めの名前だと、その時あたしは気付いた。
「……ごめんなさい。あたし一人だけです……」
おばさまは静かに頷いて、扉を大きく開けるとあたしに中に入る様に促す。
「そう……さぁ、上がってちょうだい。」
「いえ、カギをお渡しする為に寄っただけですからこのまま失礼します。」
「あの子に頼まれてるの、あなたの事……」
「え?」
「詳しい話は後にしましょう。とにかく上がって。」
半信半疑ながらもおばさまに言われるままにあたしは家の中に入る。
「お風呂が用意してあるから入って。着替えは出しておくから。」
手回しよく用意してあるお風呂……おばさまは克樹に頼まれたと言っていた。
言われるままに入浴を終えたあたしが居間のテーブルに座るとおばさまはしばらくあたしを見つめた後に深い溜息を付く。
「本当に無事でよかったわ。美宇ちゃん、こんな馬鹿な事は二度としないって約束してちょうだい。」
「はい、もうしません。克樹さんとも約束しましたから。」
「あの子と?……そう、約束したの……」
「おばさま、聞いていいですか?頼まれたって……」
「克樹はね、最期まであなたの事を心配していたの。今日、あの子から電話があったのよ。美宇を見つけた、だから心配しないでくれって。」
おばさまは声を詰まらせながら、話してくれた。克樹の最期の言葉を……
『美宇は必ずここに来させる。だから風呂の用意をしておいてくれ。それと二泊三日の予定で出掛けてる筈だから二日だけ泊めてあげて欲しいんだ。その間に美宇の服をクリーニングに出してくれ。理由は見たら分かるから、美宇のコト頼むよ母さん……』
両手で持っていたマグカップがカタカタと震える。
あの極限状況の中であたしを助けた後の事まで考えていたなんて……
「あの子が最初に私の前に現れた時、会社の同僚だって言ってた。だけど本当は私の事を心配して来てくれていたのね。」
克樹ならきっとそうするだろう。親を大切にする人だから……
「でもね、一番心配していたのはあなたの事なのよ?克樹は私に聞いたわ、あなたの事を恨んでいるか?って……」
「………」
「今は恨んでいない。克樹は助ける事が出来て満足してると思いたいって私が答えたら、唇を噛み締めて涙を流していたの。死んでからもあなたの事が心配だったのね……」
胸が詰まる……
もう泣かないって誓った筈なのに、目頭が熱くなっていく。
どこまで底抜けに優しいのよ……
「あなたがいなくなって、血相変えてあの子が飛び込んで来た時、あたしはわかったの。この子は克樹なんだって……最期に私を見つめて俺の気持ちをわかってくれてありがとうって言ってくれた。私達の子供でよかったって……その言葉で救われた気がしたわ。」
克樹……あたし心の底から思うよ。
あなたと知り合えてよかった。
あなたを好きでよかった。
あなたに愛されて幸せだったって……
「二日間、泊まっていってくれるわね?」
「……はい…お世話になります……」
心の奥底で、望んではいけないとわかっているけど、もう一人のあたしが叫んでしまう。
なぜ、ここにあなたが居てくれないの?と……
「じゃあ、克樹の部屋を使ってね。」
「え!?そんな、おばさま!」
おばさまの突然の申し出にあたしは戸惑ってしまった。だってそこには克樹の想い出が溢れ過ぎているから……克樹との約束を守りきる自信が無くなってしまうもの……
「克樹からあなたに渡して欲しいと言われた物があるの。ついて来て。」
有無を言わさぬといった感じでおばさまは克樹の部屋へ歩いて行く。
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