思い出の中の約束

水瀬

LaZoo掲示板
カオス・ストーリー23
作品へ飛ぶ
へ飛ぶ

4ページ目

 僕はそのまま二限目をサボってしまった。
 目が真っ赤に腫れていて、話そうにも上手く喋れそうもなかったので、誰もいない教室で回復を待っていたんだ。
 二限目が終わる少し前になると少しはマシな状態になったので、保健室に行くことにした。保健室で休んでいた事にすれば、授業へ行かなかった理由が出来るからね。
 保健医のオバサンに体調の申告書みたいなモノを書かされて、適当にいかにも具合悪そうな症状を書き込み、休ませてくれと頼む。
 オバサンは『早退しなくていいの?』と聞いてくるが、寝てれば少し良くなると思うんで、と言うと、それに従ってくれた。
 ベッドに横になると、どっと疲れが込み上げてきた。どうやら泣くという行為はかなりのエネルギーを使うらしい。
 意識が朦朧としてきた。瞼がまるで鉛のように重たい。段々と真っ黒なカーテンの降りてくる視界。暗闇は僕を優しく迎え入れてくれた。
 ――それから、気付いたときには昼休みになっていた。一時間程眠るつもりだったのに、寝過ぎたようだ。
 ベッドから降りると身体が少し軽くなったような気がした。たぶん寝て起きたので、気分が楽になったせいだろう。
 保健医のオバサンに礼を言って僕は教室へ戻る。戻るついでに自動販売機でミネラルウォーターを買って、歩きながら飲んだ。寝汗をかいたらしく、ノドがカラカラだったからね。
 教室に戻ると、真っ先にいいんちょが話しかけてきた。
「どうしたの、高上? 今までどこにいたのよ?」
「体調が優れなくてね。保健室で寝てたんだ」
「ちょっと、大丈夫なの?」
 心配そうに聞いてくるいいんちょ。
「あれ、もしかして僕のこと心配してくれてるの?」
「ち、違うからッ。そうじゃなくて、高上がどこ行ってたのか把握しておかなきゃならないのよッ! 委員長としてッ!」
「どうして?」
「どうしてもッ!」
 やれやれ。それでは全然理由になってないよ。
 いつもは冷静沈着で、誰とでも分け隔てなく接するようないいんちょだけど、何故か僕だけは明らかに態度が違う。
 クラスメイトの誰かと話しているときにいいんちょが声を荒げたところなど見たことがない。それゆえに、さっきみたいに声を荒げられると、僕は彼女に嫌われているんじゃないかなぁって思う。
 まあ、からかうような事を言った僕にも非はあるのだが。
「……それにさっき美魅が来て、高上の事探してたようだったから、教えてあげようと思ってたのよ」
 睡眠の余波がまだ残っていたのか、脳味噌がちゃんと機能していなかったようだ。すっかり、美魅と昼休みに屋上でご飯を食べようと約束していたのを忘れていた。
「ま、まずい……。ごめん、いいんちょ。それじゃっ」
 返事を待つ時間も惜しみ、僕は聞かずに教室を出た。今さっき戻ってきたばかりなのに。
 階段を二段飛ばしで駆け上がっていく。途中踏み外しそうになったりしたけどなんとかバランスを保って切り抜け、最後の一段を力の限り踏み抜いて、屋上への入り口前に到着した。
 はぁーはぁーと乱れる息をなんとか整えて、血中に酸素を送り込む。酸素を取り込んで少しはまともに働くようになった脳が、ある不吉な事態を弾き出した。
 ――もし、ここに美魅がいなかったら? いくら待っても来ない僕に飽きれて教室へ帰ってしまっていたら?
 だけどそれを確かめるにも、屋上へ出てみなくては始まらない。僕は意を決して扉を開けた。
「――やっと来ましたか」
 扉のすぐ目の前には美魅がいた。冷たい空気が屋内へ入り込んできた。こんな寒いのにどうして屋上でお昼を食べようって約束したんだろうね。
「ごめん、待たせちゃって」
「いえいえ、どうせ香流くんのことだから遅れるのだろうと分かってましたから」
 そうは言ったものの、どこか表情筋が麻痺を起こしたかのようにピクピクと動いているように見えるのは僕の気のせいだろうか。……気のせいだと思っておこう。
 外の空気は太陽が一番近くから照り付ける時間だというのに、それほど暖かくはなくて、僕はそんな中、美魅を待たせてしまったのかと後悔した。
「ごめん」
 頭を下げて謝る。
「いいですよ。ちょっと寒かったですけど、香流くんが来たら温かくなりましたから。いろんな意味で」
 ……やっぱり怒ってらっしゃる。『いろんな意味で』の部分だけ、やけに強調されていた。
 僕がお茶を濁したところで、少し遅めの昼食となった。
「今日のは結構自信があるんですよ」
 そう言って美魅は弁当箱を差し出してくる。
 中身は典型的な『コレゾ☆手作り弁当』といった感じだが、付き合いだした頃と比べると腕が上がったのは一目瞭然だった。なんたって玉子焼きのカタチがしっかりとしていて、崩れてないからね。
 残る問題は味だったけど、付き合いが長いと僕好みの味付けを理解してしまうのか、すごく美味しかったんだ。
「うん。美味しいよ」
 僕がそう言うと、美魅は恥ずかしそうな、されど嬉しそう顔をした。
 秋の空気は春とは違い、寒さの方が勝っているけど、二人でいると少しだけ寒さが和らぐ気がする。空には寒さなど関係ないように雲は流れ、太陽は燦然と照らしてくれる。秋の空って、どことなく高く感じるよね。
「――香流くん?」
 空を見上げていた僕は、はたと気付いて美魅の方を見る。
「話聞いてますか?」
「ごめん。空見てたから」
「もうっ、人の話には真面目に最後までかかさず耳を傾けなさいとお母さんに習わなかったんですかっ?」
「これっぽっちも」
「……香流くんに聞いた私がバカでした」
「やっとわかったんだね。偉いぞ」
 そう言って僕は美魅の頭を撫でた。本日二度目だ。
 美魅の頭を撫でる行為は『いーこいーこ』というか『なでなで』と表現した方がピッタリのような気もするが、本人の前で言ったら怒られそうなので――美魅は自分の体型をすごく気にしているから――心の中だけで唱える。
 なでなで。
「ううう」
 美魅は恥辱に顔を歪めていた。嫌がっているけど、僕を拒むわけではない。だから僕はもっとしていたくなるんだ。そんな顔をした美魅が可愛くて、もっとその顔を見ていたくて。
 ついついイジワルをしてしまうんだ。
「ねぇ、美魅」
「なんですか? 手を退けてくれるんですか?」
「それは無理」
「断言ですかっ!?」
 言い訳をしてしまえば、空気が寒くて誰かに触れていないと心まで冷めてしまいそうなんだ、とかなんとか。しかしこんな言い訳を口に出来る程、僕は人間を捨てたわけじゃない。
「香流くんのバカっ!」
「美魅のロリ」
「ろ、ロリっ!?」
 ハンマーでガツコンと殴られたように美魅の表情が一瞬にしてネガティブモードに突入しましたと言わんばかりの驚愕としたモノに変わった。意味不明だ。
 まずい。どうやら禁句だったようだ。開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった。彼女の中には何が残されたの?……そうじゃなくて、どうしようか。
 僕は思わず付け足した。
「でも好き」
 すると美魅は更に衝撃を受けたように再び、今度は違った驚愕をした。
「なっ!? 香流くんはロリコン!?」
 自分のことロリだと認めやがったっ。
「いや、断じて違う」
 とりあえず否定はしておく。もしもここで話を濁して誤魔化すようなことをしたら、それはそれで暗に自分がロリコンだと肯定しているようになるし、美魅の記憶に『高上香流』ニアリーイコール『ロリコン』という構図が多少なりとも残りかねないからだ。
 ていうか、こんな言い訳をしている時点でダメっぽい。僕ってロリよりもメガネが好きなのに……。
 ともあれ、昼休みもそろそろ終りを告げる時間が近付いてきた。ほんの少しの時間だったけれど、美魅の手作り弁当が食べられたのだから、僥倖なのだろう。もしかしたら忘れてて食べられなかったのかもしれないからね。
 ぽつり。ぽつりぽつり。
 頬に冷たい雫が当たった。
「雨が降ってきましたね」
 美魅は手を差し出して雨の降る感触を確かめた。
「中に戻ろっか」
「はい」
 それから雨は、数十分くらい降っていたと思う。授業中に窓の外を見たら、すでにやんでいた。それでも雨はほんの少しの間だけ、セカイを包み込んだ。

←前 次→
最新
採点
へ戻る
LaZoo掲示板
カオス・ストーリー23
戻る / トップ
総合テキスト投稿&無料HP作成
(C)Chaos-File.jp