思い出の中の約束

水瀬

LaZoo掲示板
カオス・ストーリー23
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『嘘吐きが嘘を貫き通すことの難しさ』と『正直者が嘘を吐くことの難しさ』はどちらかと僕は悩むことがある。たぶんそれは僕が前者の部類に含まれるからだろうね。
《嘘吐き》と《正直者》をどう定義するかによって結論というか優劣は変わると思うんだ。
《嘘吐き》を『嘘しか吐けない』と定義し、《正直者》――この場合は《真吐き》でも良い――を『真しか吐けない』と定義するのならば、圧倒的に嘘吐きが嘘を貫き通すことの方が簡単なように思えるけれど、本当にそうなのかといえば違うんだよね。
 だって、もし《嘘吐き》が嘘を吐いたとしても信じる信じないは《吐かれた人》の問題だから。それに信じたとしてみても、その嘘を真だと思わせるためには更に嘘を重ねなくちゃならないから、信憑性は吐かれる毎に落ちていくだろう。
 結局はジレンマなんだ。
 一度吐いてしまえば抜け出せない――陥ってしまえば脱け出せない――どうしようもなく救いがない――嘘吐きのジレンマ。
 だから本職の《詐欺師(嘘吐き)》たちは『本当に騙したいところ』以外は本当のことを言う。その一点だけを絞って騙す。
 出来ることなら僕だってそういうことが出来るように起用な人間だったのなら良かったんだけど、生憎と母親似でかなりの不器用なんだよね。
 父親――あのクソ野郎には似たくもないが。
 ともあれ、こんな『嘘吐きの講義』みたいなのも、このへんにしておこう。
 学校へ着いた僕らは玄関で別れて、それぞれの教室へ行った。そしてHRを適当に流して頭髪服装検査も兼ねた朝会へ行ったんだけど、そこで本来なら頭髪服装検査が実施されるはずだったんだけど急遽中止になった、と司会進行役の先生が言った。うん。喜ばしい限りだ、と思ったのも束の間、喜ばしくもないことが校長の口から言われた。

「――例の殺人事件の被害者がうちの生徒から出ました」

 体育館は一旦静まりかえり、そしてザワザワとどよめく。
 あちこちから興味津々といった風に話し声が聞こえてくる。その声には恐怖や危機感といったものがまるで含まれていない。僕には、そう感じられた。
 実際に近所であのような事件が起きているのに結局は人事だとでも思っているのだろうか。
 校長の言っていた殺人事件――通称:『連続指切り殺人事件』とは、この近隣で起こっている、女子高生を対象とした連続殺人事件だ。
 今まで四人の女子高生が殺害されていて、ついにウチの学校の女生徒も殺害されたというわけだ。
 何故、連続『指切り』殺人事件なのかというと、殺害された女子高生の全てが、利き手とおぼしい方の小指を切断され、持ち去られていることに由来する。
 切断面は鋭利な刃物によって綺麗に切断されているわけではなく――というかそもそも、どれ程鋭利だろうが骨は両断出来ない――ノコギリのようなモノで切断されていた。それゆえか、切断面は見るも無惨な状態なんだとか。
 うぅ……想像したら吐き気を催してきた。
 校長の話も終わり、司会進行役の先生が諸連絡の有無を尋ね、しかし無かったので全校集会はそこでお開きとなった。
 生徒たちの話し声は絶えることなく続いている。
 僕はそんなやつらの間を縫いながら、出口に向かって歩き出す。
「ちょっと待って、高上」
 と、僕を誰かが呼び止めた。
 声のした方を振り向いてみると、そこにいたのはクラス委員長の村崎逢華だった。
 僕とほぼ同じくらいの背丈をしていて、腰まである長い黒髪が印象的な彼女は、スレンダーなのに豊満なバストという、ちょっと羨ましい体型をしている。ちなみにメガネ着用。
 逢華は僕のところへ駆け寄ってくると、
「次の時間、化学の実験をするから係りは準備を手伝えって片桐先生が言ってたでしょ?」
「あー、そうだった。てっきり忘れてた」
「それは『すっかり』よ」
 真顔で訂正されるとなんだかボケたこちらが恥ずかしくなってくる。気付かれずに突っ込まれないよりはマシなのだが、ほんの少しだけ。
「ほら、行くわよ」
「あれ? いいんちょは係りじゃないよね?」
《いいんちょ》とは逢華に付けられたアダ名だ。《クラス委員長》だけに《いいんちょ》。わりと安易。
「……高上、あなたって案外最低なヤツなのね」
「まあ、自認してますが」
「なおのことタチが悪いわ」
 ひどい言われ様だ。いったい僕が何をしたというんだ。……何もしなかったから言われているのかな?
「――芝倉さん、昨日亡くなったのよ」
 亡くなった?
 しかも昨日だなんて。
 まさか――……
「――指切り、か」
「……ええ」
 校長の話では名前を伏せられていたけれど、実際そんなことには意味がなかったようだね。どうしたって殺された生徒がいたクラスには知られてしまうし、噂を止める手立てはないだろうし。
 殺されたのか……芝倉さん。
「人事、で片付けられないね」
「そうよ。あの娘……イイ娘だったのよ、すっごく」
「知ってるよ」
 彼女とあまり会話をしたことはないし、彼女もあまり人付き合いの良い方では無かったと記憶している。気の弱いところがあって、嫌とは言えない性格をしていて、だけどそれは本当の優しさからくるモノで。
 昔、僕が無断で学校へバイク登校していたとき、帰り道で事故に遭ったことがあったんだ。
 赤信号なのに直進しやがった車が衝突してきて、僕の乗ったバイクは3・4メートくらいル横滑りし、ガードレールに当たって止まった。幸いにして僕は全身にまんべんなく走る激痛と、膝に擦り傷を負った程度で済んだんだけど、バイクを立たせる力が出なくてその場に動けずにいたんだ。しかも轢きやがった車は逃げちゃうし。
 そんなとき助けてけれたのが、芝倉さんだった。
『大丈夫、ですか?』
 控え目に声をかけてくれた彼女は、倒れていたバイクを一緒に立て直してくれて、
『傷の手当て、しなきゃ。うちが近いから、来て』
 と、僕を自宅へ連れていって傷の手当てまでしてくれた。
 そのとき消毒液がしみて声を出してしまった僕を見て、彼女は笑った。
『男の子、でしょ?』
 芝倉さんはあまり笑わない人だったから、その程度のことで笑うなんて思いもしなくて、かなり意外で、僕は呆気にとられてしまった。
『はい。オシマイ。……だけど、頭打ったのなら、一応検査をしておいた方が、いいと思う』
 僕はヘルメットをしていたから大丈夫だと言うんだけど、彼女はガンとして『行って』と言い、自分の意見を変えようとしない。
 だから、僕は彼女の言葉に従うことにした。病院に行って精密検査をしたけれど脳に影響は無かった。
 次の日になって学校へ行くと芝倉さんが『病院には、行った?』と聞いてきた。
『どこも異常なかったみたい』
 と、僕が言うと彼女は、
『そう。よかった』
 どこか嬉しそうに小さく笑っていた。
 今の今まで忘れていたような、そんな――ちっちゃくて、日常の一片でしかない出来事。唯一残っている、芝倉さんとの思い出。
 僕は彼女の下の名前を知らない。誰もが彼女を下の名前で呼んだ事が無いような気がする。
「ごめん、いいんちょ。先に準備してて。忘れ物したから」
 そう言って僕は踵を返して教室へ向かった。階段を急ぎ足で駆け上がる。教室に着き、教卓の上に置き去りにされてあった出席簿を手にとる。
 名簿十五番のところに彼女の名前があった。
《芝倉明里》――それが芝倉さんのフルネームだった。
 出席簿を閉じて、昨日まで彼女が座っていた机を見ると、朝は無かったのに、花を生けた花瓶が置かれてある。菊ではなかった。
 芝倉さんは死んだ。花瓶を見ると、そう実感させられる。もう、そこの席に座っていた彼女は、いない。
 何故だろう。
 ズキズキと胸が痛むんだ。
 何度も忘れようとしていた思いが、忘れたいのに忘れられない記憶が、芝倉さんの『死』を引き金に溢れかえってきた。
 ココロに巻いた包帯が――真っ赤に汚れてしまった。カサブタの剥がれた傷口から、止まることなく血が流れ出してくるんだ。
 不安定に歪んだ視界に――瞳から一筋の雫が、机の上にぽたりと落ちて弾けるのを見た。

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