思い出の中の約束
水瀬
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カオス・ストーリー2
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――そこで夢は途切れた。
そう、夢だったんだ。
いわゆる夢オチというやつ。
目を開けるとまっさらな天井と不釣り合いな蛍光灯の薄明かり。
ビデオデッキの画面に表示されている時刻を確認すると、五時を過ぎたところだった。
まだ起きるには早い時間だったけど、二度寝したらもう一度同じ夢を見そうだったから、身体を起き上がらせてベッドから降り、カーテンを開けた。今日もイイ天気みたいだ。
とりあえず伸びをしてから僕はベッドに腰をおろした。早く起きようと決めたは良いのだけれど、生憎と僕には上手く余暇を過ごすスベがないので、特にこれといってすることはなかった。
部屋を見回してみても、質素というか『何も無い』としか言いようのない。必要最低限の――テレビとビデオとコンポ、それとベッドとテーブルが僕の部屋にある全てだ。
テーブルの上には今付き合っている彼女から借りた小説が置いてあった。まだ半分くらいしか読んでいなかったので、それを読むことにする。
それから僕は目覚まし時計がいつもの目覚めの時間を告げるまでの間その小説を読んでいた。
目覚まし時計のスイッチを切って、読みかけの小説にシオリを挟んでテーブルに置く。――と、同時に部屋をコンコンとノックされた。そして返事も待たずにドアが開けられる。
「あれ? もう起きてたんだ、『おにーちゃん』」
「あはよー、亜沙」
「うにゃ。おはよーさま」
僕はベッドから立ち上がって、亜沙の立つ部屋の入り口へ歩いていく。
「もう、朝ご飯は出来てる?」
「ううん。まだ」
「……なんで?」
「だってお母さんが昨日はアッチに泊まったから」
……そっか。今日は10月28日だったんだね。だから僕はあんな夢を見てしまったのかな。
「仕方ない、たまには僕が作るよ」
「やったっ。おにーちゃん料理上手だもんねっ!」
「あーあ。亜沙がもうちょっと上手かったらなぁ……」
「そんなこと言うんだったら今度教えてよぉ」
「まあ今度な」
社交辞令。決して僕は亜沙に料理を教えてやるつもりはない。もし亜沙と一緒にキッチンに立ったものなら、キッチンは戦場と化してしまい、何をどうやったらこうなってしまうんだという惨状になってしまう。それこそ小麦粉が粉塵爆発を起こしたような――というか確実に起こす。
「おにーちゃん、なんだか変な顔してるよ?」
「き、気のせいだって。それよりも朝御飯作らないと」
そう言って亜沙の横を通り過ぎて、僕はキッチンに向かった。
冷蔵庫の中から適当に見繕って、簡単な食事を作る。食事は純和風という母親の元に育ったせいか、洋食を作ったつもりなんだけど、どこか和風テイストな味付けになってしまった。それはそれで美味しいと思うんだけど。
そして、すでにダイニングテーブルの自分のイスに座っていた亜沙の元へ食事を運んで、自分もイスに座る。
「うんうん。相変わらず美味しそー」
今にも涎が垂れてしまうんじゃないかってくらいに料理を眺めている亜沙。女の子なのに、はしたないね。
「『いただきます』は言おうな」
と、僕が言った直後に、
「いただきまーす」
亜沙は元気良く言った。朝っぱらから元気なやつだ。
ある程度朝御飯を食べて、時計を見るともうすぐ八時になりそうだった。家から学校までは徒歩二十分とかからないのだけど、ぼくは急いで食事を済ませた。早くしないと彼女が迎えに来てしまうから。
「洗い物は任せた」
と、自分の使った食器をナガシに放り込んで、二階にある自分の部屋へ行く。後ろから『ええーっ』という、いかにも嫌そうな声が聞こえたような気もしたが、たぶん気のせいだろう。うん。
制服に着替えているとインターホンのピンポーンという音が鳴ったのでイソイソとスピードアップして着替え、テーブルの上に置かれてあったクロスのペンダントを首にかけた。
そして部屋を出て、まだ朝御飯を食べている亜沙に向かって、
「それじゃ行ってくるな」
と言い、靴を履いて玄関の鍵を開ける。すると僕が扉を開けるまでもなく彼女――緋瀬美魅は鍵の開いた音に気付いたのか自分で扉を開けた。ついでに言ってしまえば、僕は不意に開けられた扉にジンチュウを強打して、危うく鼻血を出しかけた。
「うぐぐ」と蹲る僕。
「だ、大丈夫ですかっ!?」と、心配そうに尋ねてくる美魅。
「う、うん。大丈夫」
「ホントですか?」
「ホントだって。もう平気。それじゃ行こうか」
強がっていたがその実、涙が出そうなくらい痛かった。鼻、曲がってないよね?
「――今日は頭髪服装検査がありますね」
美魅が話し掛けてくる。彼女は誰に対しても丁寧な口調を常とする礼儀正しい娘だ。
校則ギリギリまで伸ばした黒髪とそれと類をなすように黒い瞳。とまあ、典型的な日本人の特徴を有している。もちろん僕もなのだが。
「私の髪、大丈夫だと思いますか?」
「それくらいなら大丈夫だと思うよ。ほら、美魅のトコの担任ってイイ加減だし」
「それもそうでしたね。でもカオルくんのクラスの大山先生は厳しいですよね」
「大山センセは古株だから、旧世代の風習を受け継いでいるんだよ。第一次ベビーブーム生まれらしいし」
僕の言い方がおかしかったのか、クスクスと笑いを漏らす美魅を眺めていると、セカイは平和だなあってよく思うんだ。
たとえこのセカイの何処かには今だ貧困や飢餓で死に絶える人達がいるとしても、ここは――この僕の認識出来るセカイは、ありのままの姿を晒していないし、その内にはドス黒い有象無象を孕んでいるかもしれないけれど、現実として僕らの前に現れなければ、そんなのは絵空事と変わりはない。つまりは全ては平和なんだ。
まあ、結局は現実逃避でしかないんだけどね。
「――どうしたんですか?」
どうやら物思いに耽っていたのか、それを気にして前に回り込んで顔を覗いていた美魅を見たら、僕は思わず変な感慨が込み上げてきた。
「んー。ちょっと欲望と葛藤していたんですよ」
美魅の口調を真似して言った。
「よ、欲望……ですか? 何やら不穏な響きですね」
美魅は作り笑いのようなギコチナイ笑みを浮かべた。どうやら『欲望』という言葉から僕がこれから何をするのか予想がついたみたいだった。だから敢えてその予想通りの行動をする。
彼女の頭に手を添える。そして、そっと動かす。
「ううー」と美魅は屈辱に耐えるように呻き声をあげた。
美魅の身長は150cm有るか無いか――確実に無いと断言――くらいで、見ようによっては小学生みたいなんだ。僕の身長は170cmくらいはあると思うから、その差は約20cmチョイになる。まあ別に撫でることに身長差なんてあまり関係しないんだけどね。
「……やっぱりキモチ悪いです」
美魅は露骨に嫌そうに顔を歪めた。何もそこまで嫌がらなくてもイイと思うけれど、感受性は人それぞれなので僕がどうこう言えることではないだろう。
「僕はキモチイイけどね。美魅の頭は撫で心地がイイから」
何故だろうね。僕は美魅の頭を撫でると不思議と心が安らぐ。それはそれはペットを撫でたときと同等の癒し効果を得られるんだ。
ふむ。美魅は愛玩動物に近いのか。と妙な結論が出たところで撫でていた手を頭から離して自分のポケットに戻した。
手を離したとき美魅の顔が少し残念そうに見えたのは贔屓目に見ても僕の目の錯覚だろうね。
そんな――いつもと何も変わりない一日の始まりだった。
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