思い出の中の約束
水瀬
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カオス・ストーリー2
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明かりをつけなくては……。
暗くなった自分の部屋で、僕はそう思い立ち上がろうとするけれど、背に触れる壁の冷たさがココロを縛りつけてくるようで、微動だに動くことが出来なかった。
それ以上に身体が動くのを拒否している。精神が動くのを拒絶している。
窓からは秋独特の微妙に高く感じられる空が眺められ、真っ赤に染まった姿が黒く塗り潰されていく情景に僕は自分のココロと――あの日の、硝子の姿を重ねてしまった。
首に下げたクロスのペンダントをつまんで手の平で弄んでみる。四方に掲げる十字はセカイを象徴している。その四つ辻は、上が天国、下が地獄、右が前世、左が来世。地獄が一番長かった。
そっと十字架を裏返して、そこに記されている文字を見るが、途切れたアルファベットと数字しか確認することは出来なかった。
十字架をハメるはずのプレートは彼女が眠る墓の中に入っているから、もうそこに記されてある言葉を見ることは叶わないだろう。
十字架を握り締める。角が手に食い込む感触。ずっと身に付けていたはずなのに冷たい。
僕はそのまま倒れ込んだ。倒れた拍子にベッドの弾性で一度弾み、腕が身体の下敷になって少し痛かった。
時間にして――二年。
硝子が死んでから、二年も経ってしまっていた。
それは長くもあり短くもあった。時間が流れるのなんてあっという間だ。
悲しんで哀しんで愛しんで。そんな同じことを繰り返してきた過去だけど、振り返ってみると僕はずっとその場にしゃがみこんでとどまっていたのではなく、少しずつだけど前進していたようだ。
硝子のことを忘れられはしないけれど、ココロの奥底で、包帯の下で、カサブタの中で、眠らせることは出来るんだ。ときどき予想だにしないキッカケで出血することがあるんだけどね。
だから、僕は硝子のいない今、美魅という新しい恋人と一緒にいることが出来る。たとえ美魅が、硝子の代替だとしても僕としては構わない。何故なら美魅の存在は、今の僕をこのセカイに固定し続けてくれる大切な人だから。
美魅といることで僕はセカイを認識し、自分が此処にいる意味を再認識する。
――僕は死ぬために此処にいる。死ぬためだけに生きている。
あの日の約束を果たすために、再び硝子と逢うために、僕は精一杯このセカイで生きている。逢いたいのなら安易に自殺という方法もあるんだけど、それが硝子にバレたら怒られそうだからね。
だから……もしかしなくても僕は美魅のことを愛していないのかもしれないし、ただ単に道具としか見ていないのかもしれない。
薄々は美魅も気付いているのかもしれない。見た目はあんなロリィだけど中身はかなり大人だからね。僕なんかとは比べ物にならないくらい。
ふと――美魅が僕の立場だったら、どういう選択をしたんだろうか――そんな考えが頭をよぎった。だけどそんなのは所詮愚問なんだろう。たとえ他人が同じ立場だったとしても僕は結局は僕でしかない。誰かの選択を参考にしたところで、僕というヤツはどう足掻こうが同じような選択しか出来そうもないのだから。
ヘタレなんだよ。
逃げてるだけだ。
明確な答えをツマラナイ言葉を重ねることで自分にとって都合のいい答えとして受容しているだけにすぎない。自身の存在すら嘘みたいな僕は、そうするしか嘘を貫き通すことが出来ないんだ。
――ぴんぽーん。
玄関からチャイムの音が聞こえた。どたどたどたと慌ただしい足音が階下から聞こえてくる。この足音から妹だと思う。
こんな時間に誰が訪ねてきたのだろうか。
「おにーちゃーんっ! お客さーんっ!」
亜沙の呼び声がした。僕のことを呼ぶということはつまり、来訪者は僕に用があると考えてよさそうだ。
僕はベッドから起き上がり部屋を出て玄関へ向かう。階段の下で妹がこちらを上目使いで見て、そしてそっぽを向いてリビングの方へ行った。どういう意味が詰まったリアクションなのか、少し計りかねる。
「高上」と呼ばれて、そちらを向けば、そこにいたのは《いいんちょ》こと村崎逢華だった。ちょっと驚いた。
「あれ……いいんちょがウチになんの用?」
「開口一番がそれってのはちょっと頂けないわ」
ただ正直に思ったことを言っただけなのに、どうして不機嫌になるんだろうか。やっぱり彼女は僕のことが嫌いなのかな。
でもそれだったらどうして僕ん家に来たのだろうか、という風に最初の疑問へ回帰した。
「だけどそれ以外に聞くことが見当たらなかったんだよ」
「話題と語彙の少ないヤツね」
……語彙ってなに?
というか読めません。
「僕の半分は真実で出来ているからね。だから適当に話題を作ったりするバイタリティは残念ながら持ち合わせていないんだ」
「……それってただ単に半分は嘘って意味にならない?」
案外鋭かった。
さすが《いいんちょ》のあだ名は伊達じゃない。……いや、別に関係ないけど。
いいんちょはどこかそわそわとした態度で、
「……ねえ、これから、ちょっといいかな?」
と言って、僕を見た。
違和感。いつものいいんちょとは少し違った印象を受けた。わからない。いったいどこが違うのだろう。どこが異なっているのだろうか。
「ん? いいけど」
「……ここじゃ、ちょっと言いにくいわ。少しそこまで付き合ってくれない?」
話を聞かないことには始まらない。つまりはそういうことみたいだから、僕は頷いて彼女のあとに続いた。
いいんちょは何故か道の途中で後ろを歩く僕に『早く来い』と言って、手を掴んで引っ張った。手を握ったときのいいんちょの表情は暗くて伺えなかったが、恥ずかしそうにしていたと思えたのは錯覚だろうか。
いいんちょに連れられて着いた先は近所の公園だった。ブランコと滑り台とシーソーとジャングルジムと鉄棒と砂場しかないような公園――ってそれだけあれば十分だよね。
いいんちょはブランコに座った。僕も倣って隣のブランコに座る。
「実はね、私は高上に言わなくちゃ、ならないことがあるのよ」
こんなシチュレーションで『言わなくちゃならないこと』といえば……もしやアレでしょうか? 僕にはそれしか思い付かないんだけど、みなさんはどう思いますか? というかみなさんて誰だ?
「今日、考えてたの。高上に言おうか言わないか。きっと高上は驚くだろうから……」
待て。いや待て。
そこから先を贔屓目に見ても僕には結論というかセリフというか――そういったものが一つしか思い付かないんだけど、それってオカシナことなのか?
そう仮定するとして。
ということは、もしかして、いいんちょが今まで僕に対してとってきた実にツンツンな態度はその裏に隠されたデレデレな気持ちを気付かせないようにするためのカモフラージュだったということになり、しかしていいんちょはツンデレということになる。
ツンデレなクラス委員長with眼鏡…………なんだその萌え萌えな役職は。
僕のまわりにはどうしてこうも、まともなキャラクターをしているヤツがいないんだろうか。もしかしてまともなのは僕だけなのかな…………すみません僕は結構まともじゃなかったです。実は一番まともじゃないかもしれません。
僕がそんな脳内葛藤をしている間、いいんちょは口を開いたり閉じたりを繰り返していた。いいんちょの横顔は電灯の明かりのせいか、仄かに赤らんでいた。
だけど意を決したのかブランコから降りて僕の前に立つ。そして――
「……柚魅が死んだ」
――その言葉を僕の脳はすぐに処理出来なかった。日頃が量子コンピュータ並の処理速度だとしたら今はどこぞの山奥にでも転がっていそうな旧式でブラウン管が過大なオンボロコンピュータ並だろう。しかもフリーズしている。
情報を順を追って処理していく――その正否。
本当なのか。
ウソなのか。
カマをかける。
「や、やだなぁ。いいんちょでも冗談を言うときがあるんだねっ。まったくホントにビックリしたよ。今日ってエイプリルフールだっけ……?」
「嘘……だと思う?」
限りなくこの上ない無表情だった。まるで何かを抑え込むように、溢れ出る感情を堪えるように。
嘘なんかじゃ、ない。
そう、感じた。
柚魅は死んだ。
「だけど……どうして?」
「指切り」
――連続指切り殺人事件。僕らの近所で、現在進行形で起こっている猟奇殺人事件。
二人目だった。
僕の知っている人が殺されたのが。
ずきり――と痛んだ。
僕は柚魅が嫌いじゃなかった。
緋瀬柚魅は美魅の双子の妹で、二人きりで話したことはあまりないけれど、よく美魅と三人で何処かへ出掛けたりしたことがあった。造形的には美魅と大差ないけれど性格はまるで母親のお腹にいるときに美魅の元気さを八割方吸い取ってしまったんじゃないかってくらい爛漫でアケスケなヤツで、竹を割ったようなを性格していて、人の警戒心のスイッチを自然とオフにしてしまうような仁徳を持っていて、誰とでもすぐに仲良くなってしまいそうな――そんな、そんな女の子だったんだ。
ふざけるな。
どうして過去形なんだよ。どうして過去形でしか云えないんだよ……。
柚魅は――柚魅は僕の大切な、友達だったんだ。
「昨日、告別式があったのよ。本当は高上も呼ぶべきだったのだけど、美魅が、嫌だって云うの。高上にはまだ知らせたくないって」
美魅はどうしているのか。双子の妹が死んで――殺されて、どういう心境なのだろうか。
「美魅もまだ心の整理がついてないのよ。わかってあげて」
わかってるよ。わかりきってるよ。大切な人を亡くす苦しさなんて。
硝子を亡くしたときの僕がどれほど嘆き悲しみ痛んだのか――そんなこと考えなくたって、思い出さなくたって、わかりきってるんだよ。
「……ねえ、高上」
「なんだい、いいんちょ」
「復讐したい?」
復讐――なんとも物騒な響きだ。それでいて、心揺さぶられる甘美な響きだった。
だけど、たぶん僕はそこまでしたいとは思っていない。柚魅が殺されて悔しくて悲しい。それは確かだ。
「どうなの?」
確かに柚魅は僕の日常を構成する一人だ。僕という存在をこのセカイに固定し続けてくれる、大切な一人だった。だけど、かけがえのない一人ではなかった。
柚魅がいなくても、僕は生きていける。僕にとっての、柚魅の占める割合はその程度でしかない。美魅と比べたら、どうってことはなかった。
所詮はその程度でしかないんだよ。
人と人との関係なんて。
人と人との共存なんて。
いずれ終わってしまうものなんだから、今終わってしまったところで変わりはないんだ。
関係ない。関係ない関係ない関係ない関係ない関係ない関係ない関係ない関係ない。
……………………そう割り切ってしまえば、どれほど楽だったのだろうか。
「――したいよ。すっごく。今すぐにでも」
僕には出来ない。
こんなにも悲しんでいる。
こんなにも嘆いている。
こんなにも泣きそうになっている。
こんなにも痛いんだ。
こんな思いをするのなら、最初から出会わなければ良かった――なんては思えないんだ。
僕の日常を構成する大切な一人は、確かに僕の中で、本当にたった一人の、大切な存在になっていたんだ。
僕は、生きてる。
死ぬために、生きてるんだ。
死ぬために生きるという自己矛盾も――。
死にたいと生きたいとの二律背反も――。
全てどうでもよかった。
ただ、ただただ、悲しかった。
そして、ひどく、ムカついた。
「わかった」
いいんちょは頷く。
そして――
「だけど……殺されてあげない」
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