思い出の中の約束

水瀬

LaZoo掲示板
カオス・ストーリー23
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11ページ目

「……やっと来たんだ」
 病室へ入ってきた僕に硝子はそう言った。
 僕は硝子に近付いていく。ベッドの上に横になっている硝子の身体には、様々な機器が取りつけられていた。
 その機器がどのような役目をするのか僕には皆目見当がつかないが、今はそんなことなんてどうでもよかった。
「聞こえたよ。『硝子を奪う!』だって。よくもまあ、そんな恥ずかしいことが言えるね」
 血色の薄れた硝子の顔はそっと歪められ、口許はニイッと三日月のカタチになった。それはいつもの硝子の笑みだった。遠い昔のようでぼんやりと忘れかけていた記憶の中で、いつもその微笑みは僕へと向けられていた。
「聞いてるこっちだってかなーり恥ずかしかったんだから……」
「ごめん。だけど、それしか思いつかなかったんだよ」
「そこはほら、定番で『娘さんを僕にください』って言えばいいんですよ?」
「僕としてはそっちの方が恥ずかしんだけどね」
 それに、そんなことを言ったところで、あの人たちは道を開けてくれなかっただろう。渋る義父を義母がなだめたのは、僕が綺麗事を言わなかったからだと思う。真相は不明だけど、そう思った方が救いがある。
「私ね」
「ん?」
「欲張りすぎたんだと思うの。昔、話したよね。平均的な寿命の人が、その一生にやることを自分の寿命でやりきる、って」
「今日出来ることは明日に回さず今日する、だろ?」
 それは誰でも出来ることだ。なのに誰でもしないことだ。
 自分達にはまだまだ時間があるからと、誰しもが思っているからだ。
 だけど――硝子は違う。今この瞬間にでも、消えてしまうのかもしれない。
「私は、もう、それをやりきっちゃったんだね。だから、ここでこうしているんだね」
 言葉が出なかった。彼女の今の言葉は『死んでもいい』って言っているようなものだ。
 ふざけるな。そう思った。
「――まだ、やることはいっぱいあるだろ? やりたいことだっていっぱいあるだろ? それなのに……諦めるなんて……」
 これ以上は続かなかった。これ以上、言ってしまえば、全ては綺麗事になってしまう。わかっているさ。ここで否定したところでなんにもならないってことも、嘘をついて励ましたところで硝子は喜ばないってことも。――だけど、本当は言いたかったんだ。
 一緒に生きていこう。手を取り合って、はたから見たら恥ずかしいような、そんな関係でいよう。そしていずれ結婚しよう。結婚式だって恥ずかしいくらいド派手にしてさ、もう一生モノの記念を作ろうよ。二人して顔真っ赤にするような、そんな記念をさ。
 子供は二人でいいよね。一姫二太郎。日本の由緒正しき子作り法に則ってさ、それくらいは頑張ろ。それとももっと欲しいかな?
 休日にはさ、家族揃って遊園地へ行ったり旅行へ行ったりして、そして写真をいっぱい撮ろう。撮った写真はボードに貼りまくって壁に飾るんだ。いつでも楽しかった想い出を思い出せるように。
 そのうち年を取って、子供たちからも敬遠されるような年齢になってもさ。それでも変わらない関係でいようよ。時々ボードの写真を見てさ、こんなこともあったね、って想い出を語り合ったりして。老人ホームに入っても、ラブラブで有名な老夫婦になってさ、介護師の人にうざったがられても気にしない、そんな老後をさ。
 そして、一緒に同じ墓に入るんだ。
 そう――言いたかった。何度迷っても――言えなかった。
「私だって諦めたくない!」
 だって、硝子が、言うんだ。
「諦めたいわけ、ないじゃない……私だって、私だって、もっと生きたい……足りない、全然足りないよ」
 涙を流して、言うんだ。

 ――生きたい、って。

 だから……僕は何も言えない。あまりにも――僕の言葉は軽過ぎたから。
 僕はベッドのわきまできて、彼女の涙をそっと拭いてあげた。布団の中にあった手を優しく包んだ。
「ねえ、香流……人の一生って、こんなに短いモノなのかな? こんなに物足りないモノなのかな?」
「……わかんないよ」
 硝子の気持ちを、分かれないよ。死を直前にした、その恐怖を分かち合えないよ。
 硝子は身体を僕の方へ向けた。その拍子に胸元からクロスのペンダントが溢れ落ちた。
「それ、まだしてたんだ……」
「だって……宝物だもん。香流は付けててくれないんだね」
「だって僕のは首輪だよ? 一応今も持ってはいるけど、衆人環視の中を付けて歩けないって。どんな羞恥プレイだよ」
 硝子は笑った。微笑んだ。
「そうだね。……じゃあさ、交換しよっか?」
「……いいの?」
「うん。だって、今度は私が迷っちゃうから」
 何処に、とは聞かないよ。言わなくても、わかってるから。
 硝子はペンダントを外そうと、腕を上げようとするんだけど、力が入らなくて、少し上げるんだけど、その後は震えて再びベッドの上に落ちるだけだった。
「……はは。さすがにこれは参っちゃうね」
 苦笑を浮かべた硝子の表情はすごく哀しげで、僕はそれ以上見ていられなかった。けれど、目を反らしてはいけないと思った。
 僕は硝子の首にかけてあるペンダントを外してやった。
「かけてみせてよ」
 硝子の言葉に従って首にかける。サイズはぴったりだった。
「うわー、似合ってるよ。香流、かっこいぃ」
 硝子はふざけて、そんなことを言う。もしかしたら硝子にそんなことを言われたのは初めてなのかもしれない。
「じゃあ、首輪……どうしよっか。さすがに私も首には付けたくないし」
「おい」と少し飽きれる僕。
「仕方ないから、手首に付けるよ。同じ首だし」
 軽いダジャレだった。
 僕はポケットから取り出した首輪を硝子の手首に付けてやる。目いっぱい小さくすると、まだぶかぶかだけど、外れないくらいにはなった。
「なんだか指輪交換みたいだね。……あ、この場合は首輪交換か、文字通り」
 ホントに笑えない冗談だった。硝子にはやっぱりそっちの才能は無いみたいだね。
「……ねえ、硝子…………結婚、しないか?」
「しないよ」
 硝子は断わった。
 即答だった。
「香流はホントに無知だよね。結婚式で詠まれる聖書の一節にあるでしょ?」

 ――死が二人を別つまで

「だから、したくないよ。まったく酷いなぁ香流は……」
 結婚をしたところで、結局は何処まで行ったって他人でしかない。神様はそう言ってくださっている。有り難い経典にはそう記されている。生きているうちは、死なないうちは、愛し合うと誓ったところで――僕らには、いったい、なんになるんだろうか。
 それじゃ、全然意味なんて無いじゃないか。
「……そうだね。まったく僕はサイテーなヤツだ」
「そうだよ。今度からはそれを自認して生きていきなさい」
「わかりました」
 そう言って、僕らはまた、笑い合った。硝子との日々で、もっとも多く思い出に残っているワンシーン。くだらないことで、しょうもないことで、僕らはいつも笑っていた。だけどそれが楽しくて、なぜだか知らないけれど嬉しくて……。
 わかっていたんだ。
 僕らはいつか終わってしまう関係なんだって。
 だから少しでも、想い出の中にある大切な人の顔が、笑顔であるようにって、願っていたんだ。大切な人の想い出の中に笑顔の自分が映っていたらって、思ってしまっていたんだ。
「……ふぁあ。なんだか眠くなってきたよ」
 わざとらしく硝子は欠伸をした。そして身体の向きを真上に戻した。
「ちょっと、眠ってもいいよね?」
「いいよ。おやすみ」
「……どこにも、いなくならないでね?」
「うん。わかってるよ」
 硝子は云うことを利かなくなっている手に無理矢理力を籠めて持ち上げて、震えながらも僕の手に自分の手を重ねた。
「こうしていれば、どこにも行けないよね」
「ああ。僕はどこにもいかない。キミが眠りから目覚めるのを、ずっと待ってるよ」
「それってなんだか王子様みたい。……寝てる間にキスはしないでよ?」
「僕はそんなに節操が無くないから安心していいよ」
「よかった……」
 硝子は安堵したように、ゆっくりと瞳を閉じた。そして、そのまま、小さく囁いた。

「キスは起きたら、しようね」

 ――だけど、硝子が目覚めることは、もうなかった。次の日、硝子は息を引き取っていた。僕が目覚めたときには、もう息をしていなかったんだ。
 それは――安らかな、寝顔だったと思う。
 僕が覚えている限り、どうしようもなく素敵な笑顔だった。そして、どうしようもなく――悲しい笑顔だった。
 だから、僕は一つだけ、硝子との約束を破ってしまう。寝る前に硝子と約束したはずなのに――その唇に、自分の唇を重ねてしまったんだ。冷たくなっているはずなのに、何故か温かく感じられた。
 僕はココロの中で硝子に囁きかける。
 ――おやすみなさい
 ――キミは頑張ったんだ
 ――だからゆっくり休むといい
 ――いつか僕がそっちに行く、そのときまで

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