青空に唄えば・・・・・

水瀬

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カオス・ストーリー23
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あいつは唄うのが好きだった。
一人でいるときや、ぼぉっとしてるときには決まって鼻唄を唄っていたものだ。
しかも唄っている本人はまったく気付いていないらしい。
昔そのことを聞いたら、あいつは驚いていたっけ。
『ええっ!?本当ぉ!?』てな具合いに。
それ以来、あいつはちゃんと歌詞を唄うようになっていた。
たぶん、無意識に鼻唄を唄っているのが恥ずかしいことだと思ったのだろう。
私は普通に唄う方がもっと恥ずかしいと思うけど。
ちゃんと唄うようになったあいつの唄を聞いていると、ふと気付くことがある。
いつも二番まで唄わずに一番をリピートしているようだった。
「二番とかないの?」
気になって聞いてみると、
「これが二番だよ?」
あいつは面白そうに笑った。
何が面白いのか理解出来なかったけど、まあ面白いんならそれでいいかと思い、納得しておく。
何事も楽しめればそれにこしたことはない。この場合は意味合いが違うけど。
ただ、二番と言われると一番が気になる。
私は聞いてみる。
あいつは何か気持ちを押し隠したような笑顔を浮かべた。
「一番はね、ちょっと歌詞が悲しいんだよ。唄ってると切なくなってくるから、唄いたくないんだよね」
その歌詞を思い出していたのだろう。
それほどまでに切ない歌詞なのか興味がわいたけど、私はあえて追及しなかった。
「実は三番もあるんだけど、あれイマイチなんだよね。無理矢理感がいなめないっていうか。だから、二番が一番イイのかな」
そう言って、あいつはまた口ずさむ。
その歌詞は、物語調につむがれている。
それは、ある女の子が大切な人を探す唄だった。
一番がわからないから、どう繋がっているのかは曖昧だったけれど。
その女の子はずっとずっと歩き続ける。
澄みわたる青空に願いをかけ、流れゆく雲に祈りをはせる。
最後に大切な人を見つけ、ぎゅっと抱き締める。
そんな唄だった。
一番と三番を知らなかったけど、確かにそこだけはすごくイイ唄だと思えた。
あいつが好きなのもよくわかる。
私はその唄を口ずさんでいるあいつを眺めた。
唄っているときのあいつは、なんだか楽しそうで、私は自然と笑んでいたのだった。
そんなある日、あいつが唄わなくなった。
いつもの唄はもちろんのこと、鼻唄まで唄わなくなったのだ。
私はどうしたんだろうと思い、聞いてみると、あいつは顔を真っ赤にしながら、こう言った。
「ねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは誰かを好きになったことある?」
こいつは私を馬鹿にしてるのかと思ったよ。
私とて人の子だ。
好きな人の一人や二人はいて当たり前だろうが。
初恋だって小一で済ましてるしな。
なんて怒鳴りつけてやろうかと思ったが、私の方が年上なので、ここは堪えた。
というか何故に私は怒っているんだ?
「まぁ人並みにはな」
「そっかぁ。お姉ちゃんにも人間の規格が当てはまるんだ」
やっぱこいつは私を馬鹿にしてるな。
「でさぁ、その好きな人に、お姉ちゃんは何か言ったりしたの?」
好きな人には何か言ったのだって・・・・・・・?
小一のガキンチョだったときの自分は、ひどく冷めたやつだったと思う。
誰かを好きになっても、その人は決して自分のものになんかならない。
だから告白なんてしても無駄だ。
そんなことを考えていたような気がする。
我ながらにアホなクソガキだったようだ。
今なら、そんなに好きならさっさと告白してしまえば良かったなぁと思うけど、当時の私はイジメられてたこともあり、セカイに絶望していたんだ。
誰も助けてくれないセカイなんて壊れてしまえと思っていた。
もし昔に戻れるなら一時間くらい説教をかましてあげたい。
だけどさ、こんな話をするわけにもいかないよね。
私にも少なからず恥辱心があるから。
「うーん。何も言わなかったな」
「そうなの?それって辛くなかった?」
確かに辛かった。
辛くて辛くて、泣きそうだった。
いや、泣いてたか。
弱っちいな、私。
「辛くても、その気持ちは自分のものだったから。私は受け入れたよ。それも含めて恋だからな」
ちょっとカッコつけた私のセリフは、しかしあえなく流される。
「お姉ちゃんは変わってるね」
ああ。変わってるさ。わりぃか。
「ううん。なんだかそれでこそお姉ちゃんって感じがする」
誉めてるのか貶してるのか、計りかねる言い方だよ。
いや、むしろ誉めてるんだと取っておくか。
もちろん妥協だけど。
「でもね、私はそんなこと耐えられない。いつまでもこの気持ちを持ち続けられない。ホントに好きだから」
いま気付いたわけじゃないけれど、どうやらこいつは恋をしたらしい。
なるほどね。
不安なんだな。
ずっと悩んでたんだな。
それでも決められなくて、私に後押ししてほしかったのか。
勝手な解釈かもしれないけれど、それ以外に考えられない。
「まぁお前は私はじゃないんだから、お前がどうしようがそれはお前の勝手なんだよ。どうせなら私とは違うことをしてほしいと思うしね。まぁ簡単に言ってしまえば、告っちまえってことだ」
「うん」
あいつは即答した。
逡巡や躊躇いなど微塵もなく、首をコクリと曲げた。
たぶん、あいつは微笑んでいたんだと思う。
真偽の程はわからないけれど、そう、思いたい。
たとえ、悩み悩んで悩み抜いた結果に出た苦笑いだとしても、セカイに絶望して自分をさげすみながら滲み出た自嘲の笑みでも、全てを諦めたせいで笑うしかなかったのだとしても、あいつは笑っていたことには変わりはない。
そして―――これがあいつと交した最後の会話だった。
次の日、あいつは自殺した。
学校の屋上から飛び降り、死んだ。
屋上のヘリには一枚の紙が置いてあり、そこには『ごめんなさい』と一言だけ、書いてあった。
飛び降り自殺をしたあいつを最初に見つけたのは、あいつが告白したやつだったらしい。
そいつは屋上に呼び出されて、あいつが飛び降りるのを目撃し、屋上のヘリまで駆け寄り下を見た。
そいつはその場で嘔吐し、あいつは落下音を聞き付けた用務員さんに救急車を呼ばれた。
けれどさ、それはどう見ても、病院に連れていかれたところで、たとえブラックジャック先生に執刀してもらおうが治りっこないってことは目に見えてわかるのに・・・・・・・。
結果的に言ってあいつは死んだよ。即死だったのが、せめてもの救いだったんだろうな。
数日後、あいつの葬式は、粛粛と行われた。
父と母は目に涙を浮かべ、親類はみな暗い顔をしていた。
参列者には同級生の女の子がたくさんいて、私は少し嬉しさを感じる。
もし私が死んだりしても、女友達など誰も来ないだろう。
それはそれでいい。
だが、今こんなことを考えている私はひどく現実感に欠けているな。
あいつが死んだのに―――自殺したのに、こんなにも冷静でいられるなんて、もう壊れてるとしか言い様がない。
元々壊れていたのかもしれないし、生きてるうちに少しずつ壊れてきたのかもしれない。
ただ言えることは、今の私は確実に壊れていて、あいつの死を素直に―――いや、私の場合、自分の気持ちに素直だったらむしろ悲しまないんだから、卑屈に受け入れてさえいれば、悲しめたに違いない。
ただしそれは上っ面だけの悲しみで、内面は今日の晩御飯何かな程度のことを考えてるんだろうね。
あーあ。欠陥だよこれ。
チャームポイントにしては、少々度が過ぎてるから、やっぱこれは欠点で欠陥なんだな。
うん。なんだか吐き気がする。
自分で自分をぶん殴ってあげたいくらい。
私はあいつのお姉さんなんだから、無理矢理でもいいし、偽りでもいいから、せめて悲しめ。
じゃなきゃあいつが悲しむだろうが。
死んだのに悲しむなんて非現実的だけど、それにあいつは私のことを私以上に知っているから、私が悲しまないであろうこともわかっているんだろうな。
棺の上に飾られているあいつの写真。
写真の中のあいつは確かに微笑んでいる。
変わることなく微笑んでいる。
だけど・・・・・・・色あせた感じの白黒写真が、なんだか悲しげに見えた。
それは私に対する当て付けなのかもしれない。
私のことをよく知っているあいつの嫌がらせ、だと思えば少しは気が楽になる。
もしかしたら、あの唄の一番を唄ってたときのあいつは、こんな顔をしていたのかもしれないな。
今となってはもうわからないけれど、そんな感じがする。
・・・・・・・・・・・・・・あ。
そうだ。そうだよ。唄。
あいつの好きだった唄を、プレゼントしてやろう。
あの唄のCDを棺の中に入れてやれば、喜ぶかもしれない。
出棺まであと僅かしかない。
私は立ち上がり、急いであいつの部屋へ行く。
部屋は綺麗にかたずいていて、そこにいたやつの痕跡などほとんど感じられなかった。
CDラックや机、はたまたクローゼットなど探したが、どこにも目当てのCDはなかった。
その時、エンジンの駆動音が聞こえてきた。
「くそ・・・・・間に合わなかった・・・・・・・・・・・」
窓から外を見れば、霊柩車が遠ざかっていく光景。
あいつと私はもう、会えなくなった。

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