通りゃんせ

浅海加奈子

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カオス・ストーリー23
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「通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ
 天神様の細道じゃ
 ちっと通してくだしゃん せ
 ご用のない者通しゃせぬ この子の七つのお祝いに お札を納めに参ります
 行きは良い良い
 帰りは怖い
 怖いながらも通りゃんせ 通りゃんせ」

信号が変わるのを待つ、というのはある意味退屈な時間である。特に信号が青から赤になる瞬間に、横断歩道に辿り着いた者にとっては、イライラを隠せない時間だ。
一日二十四時間のほんの数分。人生にしてみれば印象にさえ残らないちょっとした時間。先を急ぐ者になら、そんな長い目をしている余裕などなく、イライラと時計を気にしたり、爪先を小刻みに動かしてみたりと、何かと落ち着かない。
先を急いでいる訳ではなく、けれど最悪の瞬間に横断歩道に辿り着いた、近くの某私立高校二年生、狩野翔太は、のんびりとした気性のせいか、両耳にイヤホンをはめてMDを聞きながら、悠然としたものである。その姿さえ気に障る人間が世の中にはいるのか、横断歩道に通じる前列の、しかも中央に陣取った翔太の存在が気に食わないらしいサラリーマンは、先程から何度か舌打ちをしている。が、音楽を聴く事に集中している翔太には、その事実を知る術はない。
閑静な住宅街を二分するように走る、交通量の多い大きな道路。ここを渡ればほとんどすぐ、翔太の自宅である。
車の往来が激しいせいか、この歩行者用信号機は変わるのが遅いので有名だ。運が良ければすぐに渡れるが、悪ければ五分は待たされるのが常である。だから翔太は、万が一の事も考えて、家を早めに出るよう心がけていた。
轟音を上げながら、ほぼ目の前をトラックが通過する。イヤホンをしていても耳に届く騒音だから、塞ぐものがなければきっと、もっと大きく聞こえる事だろう。
トラックが通過するのを何気なく視線で見送った翔太は、横断歩道の向かいに目を戻して、ふと気付く。車が迫っているのに、三歳くらいの男の子が、横断歩道の真ん中に突っ立っているではないか。
さっきまでいなかった事などどうでもいい。その子がかすりの着物を着ている事さえ、翔太の頭の中にはおろか、眼中にもなかった。
「危ない!」
凄まじいブレーキ音の直後、けたたましいクラクションが鳴る。横断歩道の両側は騒然として、信号を待っていた歩行者が、目の前で踏み切りに飛び込む人を見たかのような顔をしていた。
歩行者用信号機がようやく青に変わる。男の子をかばう為に飛び出した翔太が顔を上げると、飛び出した高校生を罵倒する声が届いた。
男の子は消えていた。そういえば痩せこけて、かすりの着物を着ていなかったでもないなと思いながら、翔太は放心したように座り込んでしまっている。幸い車がスピードを出していなかったのと、信号が黄色に変わろうとしていたのが良かったのか、フロントと接触するか否かの位置で停車してくれた。
歩行者用信号の青が明滅を始める頃、ゆっくりと立ち上がった翔太はようやく歩き出して、赤に変わる頃には反対側の歩道まで辿り着いていた。
あの子が、とても悲しそうな顔をしていたから。
幽霊かも知れない、けれど本物だったら? そんな危惧があったから、翔太はあの子をかばおうとした。結果として自分だけが危ない目を見たけれど、どうしても釈然としない。
制服についた汚れを軽く払って、すりむいたらしい足に小さな痛みを覚えながら、翔太は自宅への道を思い出したように歩き出す。



   2


「聞いたよ」
授業と授業の合間のわずかな休み時間、ざわめく教室の音を縫って耳に届いたのは、このタイミングを狙っていたとばかりに話しかけて来た、詩織の声。
「何を?」
何食わぬ顔をしながら教科書とノートをまとめると、翔太は机で縁を合わせてから、ペンケースと一緒に机の中に押し込む。
「何を? じゃないでしょ。昨日飛び出したんだって?」
詩織が眉を寄せて難しい顔をするのが、翔太はあまり好きじゃない。何というか、彼女はかなり翔太の母親を気取っているように見えてしまって、余計なお世話だと反発もしたくなる。



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